何か少しでもお手伝い出来ればと、ボランティア希望の
問合せを多く頂いております。
わたくしが、いつも言わせていただいている、災害ボランティアの鉄則をこちらに
記載させていだきます。
1. 救助隊、医療チームの邪魔をしてはならない。
特に大災害の場合、1、2週間は、プロに任せるべきです。
私たちが行く事により、レスキュー犬の邪魔になったり、
人を探す手立てとなる証拠を破壊しては意味がありません。
また、2次災害に巻き込まれる可能性もこの時点では大です!!
「発生後72時間」は、被災者の生死を左右すると言われています。
発生から72時間は人命救助に大事な時間。
この時間は特にプロに活動していただきましょう! 彼らはこの時の為の
訓練を受けているのですから!!
2. 被災者の寝床、食料を取ってはいけない。
現地へ行って、被災者と同じ寝床で寝、同じ食事をしているのは
横取り行為です。経験の為、時間があるから、行けるからの理由で
災害地へ行ってはいけません。もし、この2つを自分でちゃんと
確保できないのであれば、そのような組織に所属していないのであれば
今、いる場所から、被災者をサポートしましょう!!
ボランティア=災害地/現地へ行く事ではありません。
3. むやみに、物資を送らない!!
ニュースで、○○が不足している、と聞くと近所から集めて送りたい
との気持ちにかられます。
しかし、送ったとしても使用されることは殆どありません。
なぜなら、色々と混ざって送られたものの中から、
必要な物を探す時間、仕分け作業できる時間と人材はいないからです。
また、保管場所も限られていますし、物資を送る事により、現地で
もっとも必要としている医療機材、優先順序的に、必要とされている
食料物資と個人から送られてきた、支援物資と混乱される恐れがあります。
個人で集めるのではなく、下記のようなサイトを利用し、各企業に
支援物資の提供を促しましょう!!
TODOKE! http://todoke.org/
被災地の声を私たちが代わりに、発信し、企業へ支援を促します!!!
Twitterアカウントをお持ちでしたら、ご協力お願いいたします。
その他参照ブログ
http://blog.goo.ne.jp/gyo-sho-nin/e/03ba035c26c6236eaff3307587984c86
4. 寄付をする!
被災地へ一番必要とするものを知り、確実に届けることができるのは、
災害時のプロ、赤十字、自衛隊、医療機関などです。
彼らが、スピーディーに必要な物を必要な所へ届け、必要な場所へ行き
人命救助をすることができるように、金銭面でサポートしましょう!!
一人の寄付では多くの物を買うことはできないかもしれませんが、
私たち、一人一人が寄付をすれば、必要な物を買いそろえる事ができます!
彼らの仕事をできるようにすることが、避難者を支援することになるのです!
5. 真のボランティアは、3~5年間!!!
災害は、2,3ヶ月では復興しません。逆に、ニュースで騒がれなくなった
時こそ、被災地を助ける必要があるのです。
ニュースに流れている時期は、資金や物資は送られます。
しかし、ニュースに取り扱われなくなると、自然に人々の記憶から消え、
復興とは、ほど遠いい状況にいてもあまり助けを得られていない
現実があります。
被災者が、実際に自分たちの“家”に住めるようになるにも、町が町として
機能するのにも時間がかかります。
親を失った子供たち、飼い主を失ったペットたち、子供や家族の一部を
失った人たち、家を失った人たち、仕事を失った人たちを、誰が、
心のケアも含めて、サポートするのでしょうか。
あなたは、真のボランティア人ですか。
本当に、彼らの事を思い、助けたいと強く願っていますか。
心のケア、復興への支援は長期間要します。
1回きりの寄付ではなく、1回だけの災害ボランティアではなく
継続ボランティア、サポータとなりましょう!!
“今”、“自分が”、“ここでできる事”、それをまず考え、実行に移しましょう。
*記事の最後に“今”、“自分が”、“ここでできる事” 追記Linkに記載しました!
遠くからでもできること、すべきでないこと、
被災地の人々に迷惑をかけず助けとなるための行動法
http://gigazine.net/news/20110312_how_to_help_your_loved_ones_from_afar/
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以下、
http://chodo.posterous.com/45938410より転載。
『〜被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ〜僕の浅はかな経験談〜』
阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。
遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、気がつくと家全体が揺れていた。
父親にたたき起こされて玄関を開け、ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が崩壊していた。
家が揺れた恐怖と、テレビの実感の無さと、街中の静けさが記憶に残っている。
その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、二次試験のための面談をしなければならなかった。
僕は迷ったが、結局自転車で出発した。
大阪城の堀から水が溢れ出していた。
学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、先生は特に何も言わなかった。
粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。
僕達の仲間で三宮と西宮に住んでいる友人がいたのだが、さすがに登校はしていなかった。
昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。
下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。
センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。
あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。
それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、あなた方が役に立つことはありません。
それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。
まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。
被災地の食料に手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。
乾いた床は被災者のものです。
あなたがたが寝てはいけません。
作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。
集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。
以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、若く、優秀で力があります。
少しでも役に立つことがあるかもしれない。
ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、大学で専門的な知識や技術を身につけて、
10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。」
言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。
結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、
避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。
風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。
生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、迅速に問題を解決していった。
僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。
実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、
そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは言えなかった。
僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」がいても、
事態は何も前進しないということだった。
人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。
社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。
僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。
そして被災地への情熱も無くなっていった。
結果的に僕達の正義感は、ハリボテだったのだ。
正直に告白し、反省する。
僕たちは、神戸への気持ちを、たった一年間も持続させる事さえできなかった。
今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、と感じている若い人達がたくさんいると思う。
でも慌てないで欲しい。
今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。
現地に存在すること自体が邪魔なのだ。
今は、募金と献血くらいしか無いだろう。
それでも立派な貢献だ。
胸を張って活動して欲しい。
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。
もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。
仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。
そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。
その時に初めて、被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を必要とするのだ。
もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。
結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、
専門分野は違っても、多少なりとも防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。
あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。
2011/3/15 追記
沢山の反響ありがとうございました。
同じような経験をされた方もたくさんおられたようで、あの時感じた孤独感が今頃癒されております。
僕は上記のエントリーで一年は待ってみようと書きましたが、そんなに待たなくてもいいようです。
すでにNGOなどの支援団体が、ボランティア受け入れに向けて動き出しているみたいですね。
もちろん募集など具体的に動き出すのはまだ先になるでしょうが。
時間と体と情熱のある人は、そういった「人を動かす人」としっかり協力して、自分の能力を最大限に発揮して欲しいです。
もちろん1年、2年、5年、10年スパンで細く長く復興を援助する気持ちもとても大切だと思います。
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