息子たいかんも1歳になり、育児の「手が掛かる度」がピークに差し掛かったからだ。
そしてその頃世間は、選挙やら欧州の経済問題やらサッカーのワールドカップやらで大忙しだったらしい。
耳目に入って来るのは、悲観的で神経質で耳触りな金切り声か、時間とカネをなんとか消費させようと間延びしきった入口へ「まったり」と勧誘する猫なで声ばかり。
世界はいよいよ不確実で不安定な時代になってきた。
いや、もともとがそうだったのだ、世界というのは。
昔の世界は確実性があって不安定要素が少なかった、なんていうのは程度の低いプロパガンダに過ぎない。
昔のほうが今よりずっと危険で不安定だったに決まっているじゃないか。
ちょっと考えてみれば、そんなことは当たり前のことだ。
近代社会というのは、生命体である以上避けられない「個々が背負う不安要素」を社会が肩代わりするというかたちで、個々の活動効果を最大限に引き上げようと努力してきた。
そして、それは大きく成功した。
だがその仕組みも、なかなか思う通りに行かなくなる。
その仕組みへの参加者が短期間で大きく増えすぎたことと、それにより自然環境から引き出せる「恵み」の配分が難しくなってきたからだ。
近頃日本社会が大きくつまずきだしている原因はここにある。
日本人はこの面倒な「リスク消化作業」を完全外部委託することによって、当時世界にも類を見ない規模とスピードで経済成長を成し遂げた。
つまり「余計なことは何も考えないで生きること」が可能な社会を作り出したのだ。
これは強い。
短期的に、ではあるが。
(話は飛ぶが、日本人というのは歴史的にも「短期戦」には滅法強い。しかし長期的戦略を描くという作業は非常に苦手だ。これは、民族の長期プランを天皇制に丸投げしてきたことによるものだと私は密かに考えている)
まあ、こんな「古き良き」時代は、もうやってこないだろう。
フランスやスイスのように強固な国家哲学があるわけでもない日本では、懐古主義や右傾化というのには気を付けなければいけない。
フランスやスイスで外国文化排斥運動が起こるのと、日本で中国・朝鮮への排斥運動が起こるのでは、一見同じような現象のようで、その構造が違うことを理解しなければいけないだろう。
日本では「閉じた系」では、もうやっていけないのだ。
狭き血統主義の国の限界である。
さて、好評のイヌコラムも第9回目となりました。
この時期はテレビなどでも「戦争もの」が多く放送されます。
記念式典の報道や、ああだこうだと何だかよくわからないやかましい報道も多くなります。
(注意しなければいけないのは、メディア企業というのは、基本的に自分たちの支持層・顧客が喜ぶものを制作・提供するものである、ということを忘れないようにすることです。その情報を流している会社がどういう組織であるか、大株主は誰でどこの企業グループに属しているか、その支持層にはどういう人たちがいるのか、などをちょっとでも気にかけてみるといいかもしれません。面倒ですが、面白いです。世の中の仕組みが垣間見れたりします。お抱え作家や評論家たちのパトロンにも注目するといいですね)
誰だって戦争(に行くのは)は嫌です。
使役動物だって、いくら使役動物だからといわれても、あまりいい気持ちはしないでしょう。(送り出す方が、ですね)
旧日本軍では1945年の敗戦までに、およそ10万頭のイヌが軍犬として従軍したそうです。
そのほとんどが「戦死」したそうで、ちょっとびっくりする数字ですが、実はそうでもありません。
詳しくはこちらのコラムで...
http://inumaga.com/column/COLUMN09.html
