その故人とは、「埴谷雄高」である。
若い人は知らないかもしれないが、「はにや ゆたか」という有名な人物なのだ。
かくいう私もその時は、あっ名前は見たことある、程度の知識で、何て読むかも知らなかった。
しかし、私はのうのうと式場に入り込み、関係者みたいに振舞った。
参列者の会話を拾い聞きして、この「はにや ゆたか」なる人物は何者なのかと推理した。
凄い作家で、かなりの変人だったことが窺える。
その帰りに紀伊国屋書店に寄り、「埴谷雄高」の本を買った私は、興奮しながら読んだことを憶えている。
「観てから読むか、読んでから観るか」なんてコピーがあったけど、「葬式にでてから読むか」というのは初めてだった。
わたくし特異点が、「埴谷雄高」に並んで変態だと尊敬する人に、「パオロ・パゾリーニ」という人がいる。
今でこそお洒落なイメージのイタリアだが、かつては世界有数の変態産出国であった。
中学生時代にお世話になったイタリア映画は、B級・C級・エロ・グロのオンパレード。
しかも、微妙に意味深で真剣だからタチが悪い。
私の思春期における人格形成に多大な影響を及ぼしたことは、間違いない。
最近、水島努が「プリップリン体操」で彼の名を使ったことで、再注目されている(らしい)。
そのパゾリーニはこう述べた。
「真実を見たものは死ぬ」
この言葉は、私をぞくぞくさせる。
だって、死んでもいいもん。
アテリア スル マーレというホテルに、パゾリーニの預言の間という部屋があるらしいのだが、一度行って見たいものだ。
死ぬ前に。
さて最後に、埴谷雄高もパゾリーニも愛したブレイクの詩を。
「脳には叡知、心臓には悲哀、生殖器には美というものを!」
こうでなくちゃ世の中つまらんね。

そこまで辿り着けていなかったら、おそらく真実が理解できないどころか、「見えない」だろう。
そして、たぶん辿り着けない。
だが、ただ死んでしまうのも面白くない。
だからひたすらあがく。
真実を見たら死ねるのか…
逆も真なりか
真実を見なきゃ死ねないんですね
真実を見て早く死にたいです
私の人生の目的
そしてそれは確実な消失であるはず
なかったことにできる
未練はなーい あるわけない
pasolini is me and magnani will never be.