プロデューサー、作曲家として木村カエラ、時給800円、神話(SHINHWA)、SMAP等数々のヒット作・話題作をクリエイトしてきた山沢大洋。その幅広い人脈と豊富な音楽知識、深い洞察力と暖かい人柄はまさに次代を担う音楽プロデューサーの筆頭に挙げられる存在。そんな彼の嗜好性をフルに発揮し、幅広い音楽ジャンルを網羅、また馴染みのアーチストから、アッと驚くコラボレーションを表現したファースト・アルバム「music tree」が完成!このブログでは音楽制作の過程や彼の広い交友関係なども紹介していきます。海外の情報やこれから音楽業界を目指したい人は必見です!

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今年もこの日を迎えました。  2010年02月23日(Tue)
今日は例年、この場でも書いて来ましたが、おふくろの命日になります。

亡くなってから今日まで、おふくろの事を忘れた事はありません。

息子も話をするようになり、改めておふくろに一緒に遊んでやって欲しかったなと思ったり、俺自身未だに親不孝ばかりで、毎年この日になると、切なさと懺悔心がこみ上げて来てしまいます。

親父が死んで、営んでいた会社が倒産して、住んでた家を追い出されて、おふくろと、センター北という所に住んでた事がありました。

当時は絶望と不安の日々でしたが、親子二人の生活の中で、借りてたテラスハウスの大家さんがいつも差し入れをたくさん下さったり、住民の皆さんとで、おふくろが植物状態になってから、凹む俺を勇気付けようと、庭先でおでんパーティーを開いて下さったり。

俺の大切なサラさんは妹のナオコさんとで、おふくろを元気付けようとの気持ちで、たくさんの手料理をわざわざ鎌倉から持参して食事会を開いて下さったり、その鎌倉のご自宅でのクリスマスパーティーにご招待等と、決して忘れる事の無い感謝を頂いたりしました。生前、おふくろも大変喜んでいました。
今も、おふくろの死後、サラさんから頂戴した自作の絵画は、我が家の玄関とリビングに大切に飾っています。

近所へ食事や「ウィンドウ」ショッピングに連れて行くと、本当にたくさんのお店の方々から、サービスしてもらったり、車いすを押して頂いたり、本当に温かいお気持ちを頂戴しました。

今はもう閉店されてしまったとあるレストランのご夫妻の優しさにも、おふくろは感謝しておりました。

おふくろの葬式が終わって、生前リハビリにと励んで折り紙を織っていたのですが、その中のひとつを持って、おふくろが亡くなった事とお礼を言いに上記のレストランに行ったら、ご主人も、また後日思い出話をしてた際に奥さんも共に涙流しながら応対してくれました。

その時差し上げた折り紙は、閉店されるまで、お店の中に飾ってくれていました。

こんなに時間が経っても未だに、悲しみ、寂しさは癒えませんが、おふくろが生前、皆さまに感謝をしていたこと、本当に忘れません。

根気強く、おふくろのリハビリを支えて下さった先生方にも生前、感謝しておりました。


おふくろがお世話になった皆さまのおかげで、かけがえのない時を頂きました。。心から御礼申し上げます。


今日は孫の成長を見てやって欲しいですね(笑)。
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