プロフィール
■名前
たいし
■E-mail
true-notes@hotmail.co.jp
■誕生日
1983/11/15
■年齢
22才
■血液型
A
■星座
蠍座
■職業
ライブハウスPA
■趣味
格闘技観戦、競馬観戦、アカペラ、ホルン
■出身地
埼玉県
■特技
早寝、爆睡
■長所
目が大きい
■短所
目が悪い、滑舌も悪い(特に疲労時)
■好きなアーティスト
Tetsuya Komuro、Mick Guzauski、John Shanks
■最近ハマっていること
ブログのためのネタ収集
■最近ハマっているもの
金田一少年の事件簿(文庫本サイズ)、ハーバルエッセンス、Tシャツ、プライムタイム
経歴
■1983.11
埼玉県にて誕生。
■1984
泣き出しても母親が来てくれない限り決して泣き止まない。終いには父激怒。
■1985
幼ながら「夕やけニャンニャン」を観て楽しむ。(兄談)
■1986
言葉も覚え、この頃からおしゃべりに。
■1987
幼稚園入園。運動会の演技中、クラスの意地悪な男が砂をかけてきたのでやり返す。
■1988
「超獣戦隊ライブマン」にあこがれ、彼らの行動、言動全てに影響される。
■1989
「仮面ノリダー」を本気でリスペクト。当時は主題歌を3番までフルコーラスで歌えた。
■1990
小学校入学。毎週日曜は「ウインスペクター」「ちびまる子ちゃん」に夢中。
■1991
ある日の授業中たまたま先生に歌を誉められ、図に乗って音楽を頑張る。
剣道教室に通い始める。
■1992
毎日ゲームの話ばっかりしてて、担任から“オタク”と呼ばれる。この当時は調子にノリ過ぎてた感もあって、今となっては若干反省している。
■1993
世間では空前のJリーグブーム。当時放映してた「Jリーグカレー」のCMのマネを給食時に敢行。サッカー大会ではごっつぁんゴールたった1回に“カズダンス”を披露。
学校の鼓笛隊で初めてトランペットを吹く。
■1994
元浦和レッズで今は解説者の水内猛が我が街に来て、朝から並んでサインをGET。
この年初めてJリーグの試合を会場へ観に行く。国立競技場でのレッズ対グランパス。1-0でレッズ無念の敗北。エリベウトン、忘れねえぞ…。
■1995
お小遣いを握って、初めて自分一人でCDを買いに行く(trfの「masquelade」)。この頃からJ-POPを聴きだし、TMNのファンだった兄の影響もあってTKプロデュース曲にハマり、trf、安室、篠原、globe、H Jungle、華原などを一通り聴く。
■1996
中学校入学。入学早々、給食の酢豚を食べてアレルギーが発症。保健室で横になるもその日は心臓検診の女子更衣室となっており、よくわからないが気まずい思いをする。
そして迷わず剣道部に入部。小学校から続けてた実績がすぐ活かせると思いきや、中学レベルに到底及ばずしばらく勝てない日々が続く。
■1997
剣道部の強い先輩に部内の練習試合で偶然勝ってしまい、それ以来勝率がグンとアップ。しかし負けるときはコロッと負ける。
文化祭の劇で「スタンド・バイ・ミー」のゴーディ役を熱演。その後の合唱コンクールでは指揮を振り一気に上昇気流かと思いきや、生徒会長に落選しあえなく気流ストップ。
■1998
市内の各中学校から数名ずつ集まってオーストラリアへホームステイをしに行く市の海外派遣研修に、うちの中学から運良く選ばれ参加。初の海外、一生忘れることはないであろう貴重な経験をする。
高校受験で塾に通い、人生で一番勉強をする。
■1999
勉強したにもかかわらず、面接と書類のみの推薦入試で高校入学。
剣道を続けるか迷ってたときに、“トランペットを吹きたい”と切に思い吹奏楽部に入部。きっかけは「L×I×V×E」の藤原竜也。がしかし、トランペットは希望が多くオーディションに一人だけ落ちてしまい、ホルンに回される。入部直後の定期演奏会では全身タイツを着用し「リトル・マーメイド」のセバスチャン役を演じ切り、肝心の演奏面よりも評価される。
人生初バイトはコンビニの漬け物工場。
■2000
本人のいない所で部内選挙が行われ、部長に就任する。寝耳に水。一方で学力が急低下。赤点を取ってしまい焦る。定期演奏会では先輩2人と全身タイツを着用し、「キャッツ・アイ」を熱演。
またある日部活に行った時、数人の女子の先輩に囲まれ初めてRAG FAIRのストリートライブの音源を聴かされ、「いいですね」と自分が発した一言によりその場で“レプリカ”結成。台風の日の文化祭にてライブをする。
■2001
06年度から華の芸大生になる友達、同級生のピアニスト松波君とのコンビで下倉楽器の管楽器ソロコンテストで銀賞受賞。吹奏楽を始めて初の賞取りに、嬉しくて中学校の職員室へ見せに行く。高校最後の定期演奏会では慎吾ママを演じ、満員のお客さんを前にもはや恥ずかしさなどは感じず。
春先にレプリカでストリートライブをした際、スタッフの方に誘われて『ハモネプ』に出演。当時は部長業との両立に吐血寸前。試験前日に丸一日収録をしたこともあった。体重は50kgを切ったが、それなりに充実した1年を過ごす。
この年は部活の同期とのアカペラグループ“ぱくりか!?JAPAN”で文化祭に出演。見事最優秀バンドに選ばれる。
■2002
前年末にハモネプの大会で優勝したことで、2度目の海外:NYへ。行きの飛行機にMDウォークマンを忘れ、初っぱなからスタッフの方に迷惑をかける。そしておそらく今後一生足を踏み入れないであろうコロンビア大学にて歌う。
専門学校の音響科に入学。レプリカでの活動がまだ盛んだったこともあり、「進路間違えたんじゃないの?」と先生に聞かれる。
■2003
就職活動開始。特殊な分野のため求人も多くなく、受けては落ち、受けては落ちを繰り返す。回転寿司のバイトを始め、店長と御上さんに社会人としてのいろはを教わり、大変お世話になる。
秋頃に多作にバイトとして入り、同時期にレコーディングスタジオでも研修をする。
■2004
年頭に仕事をスタジオ一本にしぼるも、春になってスタジオを辞め多作に電撃復帰。
この年は高校の吹奏楽部の定期演奏会にOBとして参加したり、ボーカルグループ“UMI”のヘルプでアカペラを歌ったりとステージに久々に上がり楽しむ。
■2005
年が明けてから調子があまり上向きにならなかったこともあり、前年の勢いを取り戻そうと部活の定期演奏会と多作スタッフアカペラバンド“U-21”のライブに前向きに取り組む。
仕事の量も増え、2年目にして徐々に社会人としての実感が沸き始める。
■2006上半期
新年は今年も多作で迎える。帰宅後は徹夜明けにも関わらずすぐさま前日大晦日の格闘技のビデオをチェック。
年明けから知人のレコーディングの仕事が増え、さらには多作スタッフアカペラバンド“ノルマ6”のライブを敢行。本業とのスケジュールの兼ね合いに一時テンテコマイになるも、良い経験をさせていただき06年上々の滑り出し。