「死んだ人達…すごく悲しそうな顔をしていたな」スカーが、さっきのショックを隠しきれない。「自分で命を絶つなんて…。なぜなんだ?」
「どうしたんだい?唇が真っ蒼だぜ、スカー」違法バー“エンジェル・ハンズ”のマスターが、飲み物を作りながら訊ねた。「何かあったのかい?」
「オレ達、サイゴウヤマ公園で死んだ人を見てしまって…」ハンマーが黙り込んでしまったスカーに代わって、ジェスチャーを交えマスターに説明した。「自殺だって。ポリスが言うには、二人もいっぺんてのは、85年ぶりらしい」
「死人?えっ?く、首吊り!?まさか…」
「男女のカップルだった。生命危機の緊急アラートが作動しなかったのは、彼らが“ヒューマン”の若者だからだと思う。古いデニムを着ていたしね」エースが、カウンターを見つめたまま言った。「…これは、地球からの警告なのさ」
「警告…?」マスターが、中折れハットの下のエースの表情を覗き込む。
「きっと、まだ増えるよ。実はね…」エースが顔を上げた。
木星コロニーでの悲惨な出来事を聞き終わると、今度はマスターの顔から少し血の気が引き始める。
「なんてこった…」マスターは不安な表情で言った。「オレ、一週間前からモーレツな“虚しさ”が定期的に襲ってくるようになったんだ。こんなコトは初めてさ」
「マジで!?やめてくれよ!どうも、選曲が暗い暗いと思ったら…ったく!」エースが言った。「気のせいだって!いい年して、こんな惑星で無駄に死んじゃだめだ。そうだ!マイケルかけてよ、マイケル!盛り上がっていこうぜ!フンフン♪」
「マイケル?」マスターが、ビックリ顔に戻った。「マイケルって?ジョージ・マイケル?マイケル・シェンカー?マイケル・フランクス?あ、マイケル富岡か!」
「誰だよそれ?!オレがマイケルっていったら、マイケル・ジャクソンに決まってんだろ!」
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「マスターが元気なかったのも、自殺パラノイアの影響かな…」コーラを送った帰りのハイウェイで、エースがポツリと言った。「もう伝染し始めてるんじゃないか?」
「あのおっさんも、超がつくほどの“ヒューマン”だからな」ハンマーが同意する。「かもしれない。エースも注意しろよ」
「オレなら平気さ!お前もスカーもな。コーラだって、明日になればケロっとしてるさ。オレ達は、地球に還るっていう強力な目的を持ったからな。モチベーション高いときは、アドレナリンがビンビンさ!フフンフン♪」エースが“ビリー・ジーン”を口ずさむ。
「博士が時間がないと言った意味が判ったぜ。早く出発しないと、手遅れになるかもしれない」スカーが、マシン製の指を折り曲げてポキポキと音を立て、正面を睨みつけた。「待ってろよ、地球!」
「オレなんだか…マスターが言っていた“虚しさ”が理解できる気がする」ハンマーが少し弱気な顔をした。「染ったかな…?」
「ったく、更年期障害じゃねえか?寝ちまう前に、ガレージに寄って少し騒ごうか?」
「ありがたい!ドラムぶっ叩いて気晴らしさせてくれ」
「よっしゃ!♪朝まで、リハしようぜ〜」
*
アシモフ博士の最後の個別指導は、間髪入れず翌日すぐに行われた。
しょっぱなに呼ばれたのはエース。
あらかた講義が終わってから、思い出したように博士が言った。
「そう言えば、眠そうな顔してどうした?」
「昨晩ショックから立ち直るために、オールでギター弾きまくって…」
「そうか。キミらにロックがあって本当によかった」博士は立ち上がり、エースの肩にポンと手を置いた。「わしの勘が当たってしまったようじゃ。時間は、もうさほどない」
「やっぱり…。ハンマーが弱気なコトを口走るようになって…。それも心配なんですが」
「そうか。キミの鼻歌、すこし頻度を上げなさい。落ち込んだときは、みんなで歌えばいい」
「はい。フフンフン♪」
「さてエース君」
「は、はい」
「最後に言っておきたいコトがある」
「え?も、もう最後なんですか?」
「そうじゃ。ぐずぐずしている時間はもうない」博士はアゴを引き、老眼鏡の上の隙間からエースの瞳を覗き込んだ。「キミには、この旅のリーダーをやってもらう」
「え?マジっすか?」エースは目を丸くして言った。「オレ、バンドでもなんとなくリーダーをやっていますが、あまり自信が…」
「ダメだ!そこがキミの甘いとこじゃな」博士は言った。「この二ヶ月、わしはずっとキミのリーダーシップを観察してきた。最後の瞬間にキミは人にポイと譲るクセがあるようじゃね」
「なんでわかりました?」
「ホントはとても責任感が強いクセにねえ。それは、失敗を恐れてのことじゃないかね?」
「そうかもしれません…」
「この旅は、想像するよりもずっと難しい。その間に大切なパートナー達に脱落者が出ないように、誰かがチームを死ぬ気でまとめなければならない」
「は、はい…」
「旅の最中にそれをするのはキミじゃ、エース君!そして、命を賭けて仲間達を守るのじゃ!」
「出来るかなあ…」
「またそんなコトを!わしから、そんな弱気なキミにプレゼントがある。はい、これ」博士は、一辺が5cmほどのメタル製のキューブをエースの手の平に載せた。
「キミらが乗っていた三角獣のモービルの角の部分をちっと頂戴してな。それを、溶かして作った」
「ありがとうございます!なんて、キレイな箱なんだ…!でも中に何が?」エースは蓋らしき場所を探し、開けようとした。
「ばか者。すぐ中を見たがりよって」
「だって、贈り物はもらった人の前で開けるのが作法かと…」
「ははは。無理じゃ、絶対に開かない。鍵が掛かっとるからね」
銀色の表面の一編に、三角獣の美しい姿が刻まれている。
鍵穴らしき部分が、レリーフの中央のちょうど心臓の部分に見えた。
「中味が知りたいです…」
「開ければわかる。そうじゃな、“万能のモノ”とだけ言っておこう。でも、ホントに困った時しか使ったらいかんよ。なぜなら、使えるのはたったの“一回切り”だからな」博士は言った。「その時までは、絶対に開けたらだめ!そして…この箱の鍵は、スカー君に渡しておく」
「スカーに…」
「でもスカー君に、“鍵がこのキューブを開けるためのもの”だと教えては、絶対にいかん!」
「ゲッゲゲ!秘密ですか?なんで、なんで?」
「教えたらスカー君が“彼の判断で”キューブの中味を使ってしまえることになるじゃろ?だから、キューブを持っているコトも秘密にしなさい」
「は、はあ…」
「リーダーはキミだ!!」博士は今までで一番強く、エースの肩の叩いていた。
「ふう…。責任重大だなあ」
「なにを言っているのじゃ!リーダーらしくドンと構えんかい」博士は本当に優しい顔をしてエースを諭していた。「みんなを、キミの“知力”で統率するのだ。いいね?」
「はい…!」
「では、最後に言っておく。もう一つこのコトを、憶えておきなさい」
「はあ…」
「コーラのコトだ」
「は、はい…」
「あの子は、特別な娘なのじゃ」
「と、特別?」 舌を噛んだエースの頬が、ほんのり赤く染まっていた。
<10>に続く…
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