地球に向かう壮大な旅への準備講座は、翌週から毎晩のようにアシモフ博士の書斎で行われた。
母なる大地に帰還する為の基本ルートや、遭遇するであろう様々なトラブルへの対処法、中継地点となる他の惑星コロニーのトラベルガイド、途中で会うべき人たちのリスト…などなど。
それはそれはたくさんの脱出旅行の知識が、LOOONIESとコーラに伝授されていった。
その講義も始まってから二ヶ月経ち、そろそろ終盤にさしかかったある晩のこと。
この頃には、生徒たちの顔も死を賭けた旅への決意と知識で、すっかり大人の落ち着きと自信を漂わせていた。
「今日までのところで、何か質問はあるかね?」博士が黒板を背に、おもむろに訊ねた。
「はい♪」
「なんだい?エース君」
「ギターを持って行きたいんですが…かまいませんか?フンフン♪」
「楽器ね。荷物にはなるが、まあいいじゃろう。地球に着いたら砂浜で一曲歌うもよし!ビーチ・ボーイズかなんか…」博士は言った。「あ、いや!旅の途中で、オリジナルでも作ってモチベーションを上げるといい。キミらもなんか持って行きなさい」
「わ〜い!さっそく、旅の主題歌つくろっと♪タイアップ曲だ」「よっしゃ!」
「ハンマー君、ドラムセットは無理よ。楽器車もローディーもいないし」博士は言った。「せいぜい、スネアとドラムマシーンにしなさいね」
「え?トライセラ号に積んでいけば…」
「亜空間航路の秘密のゲートは、人一人通るのがやっとなんじゃ。モービルには狭すぎる」
「え?あの三角獣モービルは、オレ達のシンボルですよ。大げさに言うと、心のオアシスっていうか。ギャフフン♪」
「そうか…」しばらく考えて、博士は言った。「うん、そうじゃ!何か代わりになるような物を、出発前までにわしが用意しよう…」
「はい!ル、ルンルン♪」
「他に質問は?」
「はい!」
「はい。スカー君」
「オヤツは一人いくらまで?」
「遠足かよ!わかりやすいギャグを言いおって…」
「はい!」
「なんだね、ハンマー君」
「もしも地球に着く前に、引き返したくなったら…。またここに、帰ってこられますか?」
「それは絶対に無理。RPGじゃあるまいし、失敗してもリセットボタンは押せない。だって、秘密の亜空間航路は一方通行だもん」
「そ、そうなの?」コーラが祖父の顔をじっと見て言った。「旅立ったら、もうおじいちゃんには二度と会えないんだ…」
「じゃ、やめとくぅ?」
「いきます!」
「ゴホン…。はっきりしとるなあ、今の若い娘は。他に?」博士が皆の顔を見渡して言った。「よし。じゃあ、次はいよいよ直前の強化個別指導じゃ!」
「個別指導?!♪」
「そう。一人一人個性があるからね」博士は言った。「そこにポイントを置いて丁寧に指導をします」
「入試対策みたいですね」
「得意なこと、不得意な事…」博士は言った。「キミらはチームだからな。画一的な人間の集まりより、得意技を持ち寄った方が強くなれるんじゃよ」
「はい!」「ほい♪」「へい!」「うほほ〜い!」
「いい返事じゃ」博士は、なぜか不安気な顔をした。「でも、もうそんなに時間がない気がする…」
「なぜ?…ですか?」
「キミらの帰還したいという気持ちの強さは、地球からの信号の強さってことじゃからなあ…。なんで、キミらをそんなに強く呼んでいるのか…」
JUPITER
講義が終わると、彼らはいつものようにサイゴウヤマ公園に息抜きに立ち寄っていた。
遠くのダウンタウンが、蛍光色のシャンデリアのように見える。
「博士は、あまり時間がないって心配してたな」スカーがベンチに座るなり仲間達に言った。
「いよいよ最後の個別指導をするから、オレ達にハッパかけたのさ。フフン♪」
「お前は、いつも楽しそうでいいなあ」ハンマーが言った。「腹が据わってるっていうか、不感症っつーか、怖くないわけ?」
「怖い?」エースが言った。「何も。強いて言えば…女の子がコワイかなあ。フフン♪」
コーラが寂しそうな顔をしてベンチから立ち上がり、公園の中央に歩いていった。
ハンマーが肩をすくめてあきれたポーズを作り、その後ろ姿を見送る。「あ〜あ、ウチらの大事な姫を…」
エースが口を「へ」の字にして、同じポーズをハンマーにして返した。
人工の風向きが急に変化して、カルキ臭かったベンチの周囲に、不思議に不吉な空気が漂ってきた。
「ん?嫌な雰囲気だなあ。なんだ?」スカーがジャングルの動物のように、鼻を上につきたてて言った。
「キャー!!」次の瞬間、コーラが薄暗がりの中で叫んだ。「みんな、ちょっと来て!!早く!」
「どうした!?」コーラのただならぬ様子に、3人は同時に立ち上がり駆け寄る。
「あれ!見て」コーラの指差すメタルツリー(木型の金属オブジェ)に、“奇妙な果実”が二つぶら下がっている。
「なんだ…?人か?」
「遊んでるのか?まさか…」
そばまで行くと、そのぶら下がる“果実”が人間であることはすぐに判った。
金属の枝にロープを括りつけ、首だけでゆらゆらとぶら下がっているが、後ろ姿なので顔は見えない。
「もしもし。な、何してるんですか?」さすがのエースも、初めてみる様子の二人に、こわごわと話しかける。「首が疲れて死んじゃいますよ。なんちゃって。…ん?!」
一瞬の不穏な沈黙。
つむじ風とロープの捻れが二人の顔をこちらに向けた。
「げげげ!ヤッベ!!マジか!?」
男と女、ふたつの“果実”の顔面は黒に近く変色し、彼らの命がもうそこには宿っていない事が、死者を初めて見る4人の若者にも伝わった。
「死んでる!!」
「な、なんでだ?首からぶら下がって遊んでるうちに、息が出来なくなったのかな?」ハンマーが言った。
「バカ!どんな変態遊びだよ!?これが博士が言ってた“自殺”ってやつだろ!」エースが叫んだ。
「でも、生体に死の危機があれば、ブレイン・タグから信号が出て、ポリスがすぐに飛んでくるはずだろが!」スカーが言った。「この人たち“ヒューマン”なんじゃないか?デニムを履いてるし」
「タグがバグってたのさ。オレ達の仲間だ。酷い…!なんで、なんで、自分を殺すんだよ!生きていればいい事もあるかもしれないのに!」ハンマーが、太い腕で二つの“果実”をなんとか揺り起こそうとする。「バカ!バカ!起きろ!」
「もう無駄だ…。スカー、ポリスを呼んでくれ」エースが、初めて見た“死”のショックに打ちひしがれた表情で言った。「ハンマー、降ろしてやろうぜ…。このままじゃ、可哀想過ぎる」
コーラはその作業を見る事が出来ず、ずっと顔を隠して泣きじゃくっていた。
「ついに、“根”っこが怒り出したんじゃねえか」地面にしゃがみ込んで、エースがポツリと言った。「木星コロニーの悲劇が、ここでも起き始めたんだ…」
「木星の時はBB法もブレイン・タグもなかった…」スカーが言った。「もし、これが“自殺パラノイア”の再来だとすると 、人類は“ヒューマン”から順に死んでいくのかもしれないなあ。なんと理不尽な…」
「やっぱり、もう時間がねえぞ!」エースが言った。「木星では18ヶ月で10分の1が死んだんだぜ。早く!早く、地球に知らせにいかないと!」
ポリス・モービルのサイレン音が、遠くで泣き声のように聴こえた。
<9>に続く…
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