Character © 2008TTTG
その二日後、3人の若者はコーラの家の書斎で、アシモフ博士と再び向き合っていた。
「決めました」エースがみんなを代表して言った。「アシモフ先生。オレ達、海を見に行きます。地球に戻ります!」
「おじいちゃんごめんなさい…」コーラが申し訳なさそうに、小さな声で付け加える。「わたしも一緒に行く。お父さんが通った道を辿ってみるわ」
「ふう…そうか、お前まで」
博士は一つだけ大きな溜息をついて、窓辺に歩いて行き夜空を見上げた。「やっぱりな。お前たちがそう言いにくるのは理解っていたよ…」
博士の後ろ姿のシルエットは、例えようもなく寂しそうだった。
「行くがいい…」しばらくの沈黙の後、振り返ると博士は意を決して言った。「ここにいても、地球を目指して冒険しながら生きても…同じ一生だ。うらやましいなあ。キミたちが本当にうらやましいよ」
「おじいちゃんも、一緒に行こうよ。海を見に」
「そりゃ、無理」
「なんでよ?」コーラが訊いた。
「わしゃあ、死にたくないし」
「え?」
「いやいや。冗談冗談」博士は言った。「いいかい、わしの話をよくお聞きなさい」
博士はみんなの顔を見回し、本棚まで歩いて行き地球儀の表面を優しく撫でながら、ゆっくり話し始めた。
「すごく大事なことだ。キミたちが地球に行くことには、“特別な意味”があるのじゃよ。わしがここに残るコトもね」
人類は、遥か数十億年前に地球の海から生まれ、次第に進化してきた生き物だ。
それなのに、地球から“根”が生えていることを忘れ、ある時愚かな過ちを犯した。
母なる大地を捨て、ただ“長く生きるため”に宇宙へと安易に旅に出たのじゃ。
ここまでは、この前話したとおり。
まるで、静養を理由にした長期のバカンスのために、家族を捨て生家も引き払ってしまったかのようじゃないか。
え?“根”ってナンだって?キミらそんなことも知らんのか?
ほら、ちょっとこの画像を見てごらん。
これは、地球に生息する“屋久杉” という大きな大きな植物じゃ。
たまげた?
ここの部分、地面にしっかりと食い込んでいるところが“根”。
ここから地球の命を取り入れ、大木の隅々にまでそれを送っている。
今度は、地面から30メートルも離れた“屋久杉”のテッペンの部分をクローズアップするよ。
ご覧、ほらこの先端に見える赤ん坊のような部分が“芽”じゃ。
いいかい、人類は一人一人がこれと同じ“芽”のようなものなんじゃ。
ところが人間は、高々一つの“芽”の分際で、“根”なんて断ち切っても、どこだって浮き草のようにいくらでも生きていけると考えたのさ。
でも、それは大間違いじゃった。
キミ達は知るはずもないが、ある悲劇的な出来事が極秘の記録に残っている。
そう、あれは人類が最初に木星にコロニーを作った直後のこと。
都市ドーム内で、突然原因不明の現象が起きたのさ。
当時の居住者1300万人のうち140万人が、自らの命を絶ってしまったんじゃ。
その恐ろしいシンドロームが緩やかに治まるまで、18ヶ月ほどかかった。
信じられるかね、実に住人の10人に1人強が2年足らずで自殺じゃ。
脳内に異常をきたす細菌の存在の噂が耐えなかったが、結局原因はわからず仕舞いさ。
当時の中央政府は、自殺をしやすい固体の遺伝子を研究し、厳格な家族計画を義務づけることで、この窮地をなんとかしのいだ。
後のブレイン・ブロイラー法の基礎は、この時に生まれた。
遺伝子のコントロールが人類の存続に有益だなんて勘違いは、これが根源だったのさ。
わしが思うに、あの時地球は“根っこ”の存在をなんとか想い出させようとしたんじゃないかな。
え?どういう意味かって?
“根”の存在を忘れようとした先端の“芽”を枯れさせて、人類の間違った進路に警鐘を鳴らしたのさ。
いいかね。
あの時人類を救ったのは、BB法なんかじゃない。
実は、誰もいなくなった地球に、コロニーから戻った人達がいた。
有識者、学者、アーティストなどという種類の人々が、汚染され住みにくくなっていた地球に戻り、命を張って地球を蘇らせようと試みたのさ。
それが人類を救うことになると“感じ”たんじゃな。
彼らは地球の警告を受信したわけだ。
中央政府はやっかい払いのつもりで、彼らの帰還を許し援助した。
不思議なことに、彼らが地球に帰還した時期と、自殺パラノイアが収束した時期は一致している。
そして、以後自殺者はいなくなった。ほとんどね。
うん、そうじゃよ。
地球には、“今でも住んでいる人達がいる”んじゃ!
驚いたかい?
彼らの寿命は、せいぜい60年ほどだと言う。
でも、その人たちが“根っこ”をしっかりと守って養生しているから、我々のような先端の“芽”が長く生きることが出来るのさ。
キミらが無意識に感じているのは、彼らが“感じた”のと同じ地球からの信号のようなものなのさ。
400光年も離れたこのコロニーで、なぜ地球のことを想う人々が絶えないのか。
そしてそれらの人々の存在を、知らず知らずに皆が畏れるのか。
判ったかね?
それはその人々が、地球に選ばれた個体だからだ。
キミたちのような人間が、正にそうなのさ。
地球のエネルギーを受け、それをこの不毛の地で無意識に撒き散らしているのだよ。
実はキミたちは、400光年という見えない大木の幹を通じてまだ地球と交信しているのさ。
現にキミら3人は、音楽(ロック)でそれを伝えようとしているじゃないか。
それは、素晴らしいことなのだよ。
エース君の歌は、遠く離れた場所にいる母親をいつまでも忘れられない子供が、空を見上げて泣き声を上げているようなものだ。
ハンマー君のたたき出すリズムや、スカー君のベースの音は、その母親の心臓の鼓動そのものなのさ。
人々はそれを聴いて、少しの間だけでも安心して我に帰れる。
理解ったかね。
大木の最先端の芽は、遥か地上の“根っこ”から栄養が送られていることを忘れそうになるものだ。
わしは、それを人々に知らせる数少ない“賢い芽”なのさ。
地球がここの愚かな人々を見捨てないように、見守らなければならない。
そしてキミたちのような勇気ある者たちは、先端の芽が枯れずにどっこい生きていることを、“根っこ”に知らせに行くという役目があるのじゃ。
だってそうだろう?先端の芽がしっかりと人間らしく生きている事を伝えなければ、やがて“根っこ”も頑張るのをやめてしまう。
そうしたら“芽”が生きていけるはずもないじゃないか!
「感じるぜ…!400光年の距離を超越して、大地からオレにサインが送られていたのか!」エースはキラリと光る目を拭い、地球儀に置かれた博士の手の上に自分の手をそっと添えて言った。「“芽”が無事かどうか、知らせに帰って来いって…」
「オレも!」ハンマーがその上に手を置く。
「オレも!」スカーがその上に更に手を置いた。
「わたしも!」
コーラの手がその上に置かれ、5人の人々は博士を中心に固く抱き合っていた。
「帰ろう、地球へ!海を見に行こう!」
<8>に続く…
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