「どうぞ、お入りなさい」
「こんなに夜遅く何の連絡もせずにお訪ねしたりして、本当に申し訳ありません」
アシモフ邸の書斎に通された青年は、少し緊張した声色で詫びた。「少しでも早いほうがいいと思ったもので…」
クラシックなデザインのスーツ姿を観察し、アシモフ博士は来客が礼儀を知るヒューマン系の人物だとすぐに判っていた。
「それで、ご用件は?ええと…」
「キムです。アーティフ・ムサイード・キムと申します」キムは口元に小さく笑みを浮かべた。「いまはヨコハマのチャイニーズ・レストランで働いています」
「私がここの主、アシモフ。そして彼は弟子の…」
「ラモージロさん…ですね?」キムは博士の隣に座る通信士の顔に親しげに笑いかけ、先に名前を当ててみせた。「お二人とも、うかがったとおりの方だ」
「だ、誰がわしらのことを、あなたに?」博士が目を大きく開いて訊ねた。
「ま、まさかキミが、私に念波を送ってきた、あの…」ラモも驚きを隠せない。
「話は少し長くなります…」先を急ぎたがる二人を鎮めるように、キムはゆっくりと口を開いた。「整理してお話ししましょう」
「…そして私は、スカーさんとそのお父様をお連れして、レジスタンス(反政府組織)の人たちの待つヨコハマの救世軍病院にどうにか辿り着いたのです」キムは記憶を確認するように掌を眺めた。「スカーさんは、救出したお父様の安全を確認すると、旅を続けるために仲間の待つドバイ・ドームへとすぐに戻っていきました。別れ際に私の手を握った彼の鉄の手の感触がまだ残っています。…以上が、私が彼らと接触し体験した出来事の全てです」
「マンマ・ミーア(なんてこった)…!」ラモが感嘆の溜息をつき大げさに両手を広げた。
「無茶をするなと、あれほど念押ししたのに…」旅人達の出発後の情報に初めて触れた博士は、感極まってハンカチを取り出した。
「では、昨日から私に話しかけようと念波を送ってきているのは…?」ラモがキムの瞳をのぞきこんだ。
「いえ、私ではなく…」キムは言った。「さきほどの話に登場した、例のワンくんです」
「キミらは、そろって潜在能力者だったというわけか…」ラモが呆れて呟いた。「追い込まれた状態で突然覚醒することは稀にある。でも、こんな偶然があるなんて…」
「チャイナ系の人たちは同胞愛が非常に強い。この組み合わせは、同時に覚醒する例も格段に多いのだよ」博士が言った。「それで、シュウマイ屋の勇気のある出前持ちクンは、そのあと旅人たちについて行ったんだね?!」
「と言いますか、私が彼らにあった時には、すでに旅人の一員のようでした…」
「それで、そのワンくんはどこからラモに念波を送ってきているんだ?」博士は、旅人たちのその先のことが気にかかっていた。「コーラたちは彼と一緒にいるんだろ?早く教えてくれ!」
*
「お願い。もっと、ターゲットの人物のイメージを強く意識して…」コーラが、新米通信士にそのコツを伝授しようと真剣な顔で言った。「ラモは、きっとジイジの家にいる。ドームのナカメグロ辺りの景色を思い浮かるの」
「そんなところ、一度も行ったことないあるぞ…」ワンは顔を星空に向け、なんとか期待に応えようと頑張っていた。
「もう少しだ。諦めるな、ワン!♪」エースが大声で励ました。「ファイトぉ!♪♯」
「もう…!お願いみんな、少し静かにしていて」コーラが自分の代わりに頑張っているワンを気遣い、仲間たちに釘を刺した。「集中できないじゃない!」
「あいや〜。ラモさんの顔のイメージがうまく浮かばないあるよ。だいたい、姫の描いたこの似顔絵はたしかあるのか?」
「失礼ね。そっくりだってば。整えた短いひげに笑みを湛えた優しい瞳。呼びかける時はいつも明るく“チャオ!”。典型的なイタリア系のユーロ族よ」
「オレには老けて痩せちまったドラえもんに見えるけどな…」ハンマーが小さい声でエースに囁いた。「好物はドラ焼きだったりして…」
「シッ!お黙り!」コーラが無神経なギャラリーを一喝し、ワンに言った。「ごめんね、ワンくん。向こうの方から急に話しかけてくるかもしれないわ。だから、ずっと彼の姿をイメージし続けてね」
「疲れるあるなあ…」
「そう言えば、ワンのヤツ、眼鏡外したのび太くんみたいだな」ハンマーが懲りずにまた囁いた。
「ぷっ♪」
「まだ言うか!」コーラがギロっと睨んだ。
見上げると、双子の月はまた少しその距離を縮めている。
「ワンとキムとの回線は、もう開通したんだろ?」
「彼らはまだ素人同士だから、残念ながら状態が全然安定していないのよ」コーラがプロ通信士の顔で答えた。「同時に相手を強く思わない限り、会話は始まらない。言わば偶然頼りね…」
「壊れかけのアマチュア無線みたいだ。でも…」エースが確認する。「キムには、アシモフ博士に連絡するようにちゃんと伝えられたんだよな?♪」
「もちろん!昨晩、回線がオンの時にね」
「じゃあ、そろそろ向こうにワンのプロフィールとフォトが届くころだ♪」
「ラモさんというプロが加われば、この回線はきっと使えるようになる」コーラは自分が失ってしまった能力を、もうすぐワンに委譲できることに安堵していた。「ほんとうによかった…」
「ごめんよ…キミを苦しめちゃったね。オレがいけないんだ♪」
「なんだか映画の台詞みたい・・・」コーラは照れ隠しを言い、小さく首を横に振った。
エースがその肩に優しく手を置くと、コーラは瞳をそっと閉じた。
「エース!コーラ!どこにいる?すぐに来てくれ!」スカーの怒鳴り声が戸口から聞こえる。
「まったく、なんなんだよ…♭」
「奇跡だ!ワンがラモさんと会話を始めたぞ!」
「…!!」
“風の民の村”を望む高台の木陰で、エンゾが部下たちに言った。「まだ、広場に人影が見える。灯りが消えるまで、ここで待機するとしよう」
「少し南風が強くなってきました」部下の一人が言った。「雨が近いのかもしれません」
エンゾが夜空を見上げると、黒い雲がいまにも二つの月を覆いそうに広がっていた。
「これはむしろ好都合…」エンゾが唇の端で笑みを作った。「いいか、今度こそ抜かるなよ!」
「これまでの恨みを晴らすときがきた…」ボコがデコに小声で言った。「元追跡官としてのプライドを見せつけてやるぜ」
「おうよ、相棒!最期のミッションを遂行できれば、もう思い残すことはない。心おきなく“血族”に生まれ変われるってもんだ!」
そうこうしている間に、ポツリポツリと雨粒がシダの葉を叩く音が聞こえてきた。
「いいか。ターゲットを捕捉したら、すぐにホバートに戻る」エンゾが念押しをする。「戦闘は出来るだけ避けろ!」
「ラジャー!」
「覚悟しやがれ。フフフフフ」
「思い知るがいい。ヒヒヒヒヒヒ」
続く…
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ワダマサシ(本名:和田将志)
「HEART×BEAT]事務局発起人。
東京都出身、慶應義塾大学商学部卒。
ビクター・エンタテインメント、ソニー・ミュージックで
長く音楽制作業務に携わる。
2004年シンク・アンド・リンク(株)設立。
2007年逢谷人(おうや・じん)のペンネームで
処女作にして700枚超の長編小説「エンジェル・ハンズ」執筆。
ブログ村サスペンス小説ランキングで1位に。
同年、続編の「ファイアー・ウォール」完成。
同時にソニーミュージックとシリーズの原作契約締結。
2008年秋、三部作最後の「タイム・キラー」完成。
現在、映画化へ企画進行中。