「キミら、ロックを志してるそうじゃね?」博士が言った。「そんな長生きのロッカーなんて、恥ずかしいと思わんのかね?いい歳こいて、みっともない」
「はあ…」
「ジョン・レノンは撃ち殺された時、まだ40歳だった。それでも、ロックの神の中じゃ長生きのほうじゃ」
「はあ…」
「ストーンズのブライアン・ジョーンズ、ドアーズのジム・モリソン、ジミ・ヘンドリクス、そうそうジャニス・ジョプリンも。彼らは皆27歳で死んだ。27歳がロッカーの定年であるかのようにね」博士はロック・ファン独特の表情になっていた。「セックス・ピストルズを知っているかね?シド・ビシャスは、死んだときまだ21歳だったんだぞ!ニジュウイチ!彼は早期退職組さ」
「はあ…」
Sid Vicious
「キミたちは、ロックをやるにはジジイすぎる」
「で、でも、環境が…」
確かに地球を離れると、時の流れが実際に本人が体感しているよりも10倍以上も早くなるという説が有力なのだ。
もしそうならば、人類が長寿の為に宇宙に飛び出したってことは全く意味がなくなる。したがって、この説を語る事は今やタブーなのだ。
「ワシも、今まで生きてきたこの900年が一瞬に感じられるよ」
「こんなんイヤヤ!退屈な星に閉じ込められてブロイラーとして長く生きるくらいなら、死んだ方がマシです」
エースが口走った言葉に、残りの二人が少し驚きながらもコクリと相槌を打った。
「マジか?」
「はい!」
「惑星(ここ)を出たいと?」
「はい!」3人は言った。「方法はあるのですか?」
「あるよ!」博士はコブシを握り、言い切っていた。「でも、その道のりは険しいなんてもんじゃない。地球に辿りつけるかどうかなんて保障できないし、たとえ着いたとしても…」
「着いたとしても?」
「3日ほどで、ポックリ死んでしまうだろうね」
「たった、3日で?!」
「有害な菌が根絶されたこの温室のようなコロニーでぬくぬく過ごしてきたキミらが、どうして地球でずっと生きられるね?あ、そうだ…」
博士は思いついたように、壁のプロジェクターに不気味な生物の画像を投射した。「これを見たことがあるかね?あるわけないか…」
折れ曲がったパイプ状の6本の足には針金のような剛毛が生えている。大きな眼球のついた三角形の顔の先の鋭い槍がこの化け物の主武器に違いない。
「なんですか?この怪物は?」画像にビビッたエースは、鼻歌も出なくなっていた。「ひえー、背中に羽まで生えてやがる」
「この生き物、キミらのモービルと同じように、空中にホバーリングして漂ったり、飛んだり出来るよ」博士は得意そうに言った。「こいつの全長、どのくらいだと思うね?」
「2メートルぐらいですか?」スカーが言った。
「バカ、最低5メートルはあるだろうよ!」三角獣の修理エンジニアでもあるハンマーが言った。「ホバーリング装置を積むと、全体がどうしてもでかくなるのさ」
「ははは。答えは、4ミリ!重さは、なんと2ミリグラムだ」
「え?なんですって?」
「このミクロの構造の中に、羽を1秒間に600回も震動させる能力を秘めている」博士が言った。「さすがの人類も、この性能でこの大きさのマシンはとうとう作れなかった。神の仕業じゃ」
「げげげ。マジすか?!なんなんすかこれ?」
「これは、ガンビエハマダラ蚊。地球にうじゃうじゃ住んどるよ」
「なんか地球のイメージ変わってきたなあ…」
「これにチューっと血を吸われたら、キミら死ぬよ」
「…」
「まあ、そんなわけで地球にたどり着いても、3日も持つまい」
「はあ。厳しいとこっすね…。せめてもう少しだけでも」
「だって、キミらもう十分に生きただろう。ずうずうしい」
博士は3人を納得させる為に、古代の日本という国の“浦島太郎”という寓話を披露した。
「でも博士、浦島太郎は楽しんで暮らした報いで年寄りになったんですよね。オレ達は、こんな岩だらけの星で無意味な人生を過ごしてきただけなのに…」ハンマーが半分泣き声になった。「今まで、何も楽しいことなんかなかったっす」
「つ、つまり、地球に行くという事は、死ぬってことなんですね?」エースが確認する。
「そうだよ。あそこの環境は、温室育ちのワレワレにはハード過ぎる」ニッコリ笑顔の博士が言った。
「細く長くより太く短くって、昔の人はよく言ったもんだ。まあ、すぐに決める必要もあるまい。これは生き方の問題だからな。もしも、本当に海を見たいと決心するならば、懇切丁寧にここを脱出する方法を教えようじゃないか」
「アシモフ博士、今まで脱出に成功して地球に帰れた人間はいるのですか?」
「エース君。いい質問だ」博士は、おもむろにデジタルアルバムを取り出してみせた。「この真ん中の若い男ね。彼は、ドクター・ペッパーと言ってね、ワシの息子、つまりコーラの父だ。ちょうど今から25年前ほどに地球に向かったよ。やはり、どうしても海が見たいってね」
「そ、それで?ペッパーさんはどうなったんですか?」
「知らん」博士は言った。「もし着いたのなら、もうとっくにくたばっているだろう。でも、きっと幸せだったはずだ」
「…」エースが言った。「まだ到着していなければ…?」
「そうだなあ…。惑星“オーストラリア”辺りを、まだ彷徨っているかもしれない」
「惑星“オーストラリア”?13番コロニー“ニュー・シドニー”があるところだ…」スカーが言った。「ご心配ですね。ご無事だといいんですが」
「なんだって?ペッパーの望みは地球での死だ。ワシは彼がとっとと本懐を遂げ成仏したと信じたいね。それは息子の生死だけじゃなく、“人類にとってとても大切なコト”なのさ」
「え?ど、どういう意味ですか?」
「ゴホン。まあ、あわてるな。5年でも10年でもゆっくり考えるがいい。ここでは数値上の時間はそれこそ死ぬほどある」
*
「究極の選択だったな」博士の家を出るなり、ハンマーが言った。「人生は長さか、それとも内容か…。どうする?」
「究極だって?とんでもない、答えはもう出ているようなもんじゃないか。フンフン、フン♪」エースが鼻歌まじりに答えた「フン、フ、フン♪オレは行くよ」
「オレも」スカーが言った。
「も、もちろんオレも!」
「アタシも行くわ!」3人を見送ったはずのコーラが、後ろから大声で叫んだ。
「よし!そうと決まったら話は早い」エースが言った。「これから、すぐ旅立ちの打ち合わせだ!」
気がつくと、東の空が紫の照明でもう白々しく明け始めていた。
<6>に続く…
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