コーラの家は、サイゴウヤマ公園からさらに500kmほど国道を東に向かった“ナカメグロ”の外れにあった。
木製の外壁に塗られた真っ白なペンキが年月のヤスリで削られ、見事な貫禄を滲ませている。もちろん全ては金属製のイミテーションなのだが。
「かっこいい家だね」スカーがたまげた顔で屋敷を見上げた。「いい趣味だ」
「わたしのおじいちゃん、実は学者なんだよ」コーラが言った。「この家も、政府の研究という名目で、このデザインを特別に許可してもらってるんだ」
「へえ。ガクシャ!生まれて初めてそんな職業の人に会うな」エースが言った。「なんだかオレ達は、チョーついているようだ」
「うわぁ!」
通された居間は、禁止されているはずの太古の地球に関する資料で溢れていた。
「あるところには、あるもんなんだな」3人は、目を丸くして部屋の隅々まで眺めまわす。
「オレ達はピン・ポイントで、一番会うべき人を見つけてしまったようだ」スカーの声が、ここに来られた幸運に震えていた。
「これは?」エースが一番興味を示したのは、直径80cmはある地球のオブジェ。地軸の傾きまで正確に再現され、軸を中心にクルクルと回転するようになっている。
「たしかそれ、地球儀っていうのよ」
「へえ!いろいろ訊きたいことだらけだ。ル、ルン♪」
「おじいちゃんを呼んでくるわ。ちょっと待ってて」
「よく来たな。ヒューマンの諸君」
呼ばれてやってきたのは、キュートな少女と血縁とはとても思えないツルっ禿げの老人だった。
頭頂部の寂しさを紛らわすためかサイドに残った銀髪をカールさせているので、まるで雲から顔を出す太陽のような状態になっている。
「コミックかよ…」エースがスカーにそっと耳打ちした。「地球の景色のようなネイチャー頭のおっさんだ」
「ワシは、ドクター・アシモフ。なんでも訊くがいい」
3人は自己紹介を終わるや、一斉に積年の疑問をアシモフ博士にぶつけはじめた。
なぜ大勢のブロイラーの中に、自分達“ヒューマン”のような人間がいるのか?
そしてヒューマンは、なぜ地球に還りたいと願うのか?
そこにある海とは、いったい何なのか?
などなど…。
博士は、疲れも見せずにその一つ一つに丁寧に答えていった。
時の経つのも忘れるほど多くの話を聴いた挙句に、エースが訊ねた。
「オレ達どうしても海が見たいんです…。死ぬまでに一回でいいから」
真剣な表情のエースの指は地球儀の蒼い部分をいとおしそうになぞり、鼻歌もピッタリ止まっていた。
「あんだって?つまり地球に行ってみたいと?」
「は、はい…」
「死ぬまでに一回でいいからと言ったね」
「はあ」
「いまお年はいくつだね?お若いの」
「今年、240歳になります」エースが言った。
「オレは128」とスカー。
「335歳です」ハンマーが答えた。
「じゃあ、平均寿命からいって、まだ500年はカルク生きるってことになる。…超ダサっ!」
「はあ…?」
「正直に答えなさい。キミ達はあと何年生きていたい?」
「…」
「ふう。キミらにとっては、死ぬことがまったくリアルじゃないようだ」アシモフ博士は溜息混じりに言った。「昔、地球に住んでいた頃の人類の寿命は、せいぜい80年だったと言ったら驚くかい?」
「は、80年?!たったの80年ですか?」
「そうじゃよ。それでも十分に長過ぎるくらいだ」
「80歳と言えば、オレが中学校を出て最初に少年院に入った年です」エースが驚いた顔で言った。
「あたしは今年102歳だよ」コーラが言う。
「人類は大きな間違いを犯したのじゃよ」博士は言った。「長く生きることイコール幸せだと、思い込んだのさ。いいかい、よくお聞きなさい…」
Character © 2008TTTG
かつて平均寿命が80年足らずだった人類は、人生の質を向上させることには努力をせず、その長さを伸ばすことに全精力を傾け始めた。
その結果、医学は延命学にすり替わり、その究極の目標は不老不死になっていったのだ。
やがてその成果は劇的にあらわれた。
老人がなかなか死なないのだから、当然人口は増加の一途を辿る事になる。
40億が瞬く間に80億へ、そしてついに120億へ。
そのころには、人類の平均寿命は150歳を越えていた。
介護を必要とする老人が増えるということは、皮肉にも若者の労力や時間を犠牲にすることを意味した。
しかし中央政府は、対策として出産の制限をして人口の計画的なコントロールを図る道を選んだ。
そもそも長生きを求める年寄りが法律を作る以上、子供を減らすしか選択肢がなかったのだ。
この時点で、計画出産以外は全面禁止とされ、恋人同士の“LOVE”により生まれる子供は悪とされた。
計画出産による子供は“ブロイラー・ベビー”と言われたが、管理された遺伝子のせいで健康でしかも従順だった。
子供の数を制限しても、すべては手遅れだった。
気がつくと、地球は溢れかえる人類と言うガン細胞によって、ほとんど瀕死の状態になっていた。
それでも信じられない事に、“人類はさらに長寿を求めた”のだ。
地球と言う環境ではそれに限界があると気づくや、延命の為に故郷を捨てる。
重力の負担の少ない惑星へ、さらに高濃度の酸素だけを吸っていられるドームの中へと…。
健康管理、予防治療、遺伝子治療、人工臓器。医学とバイオテクノロジーは果てしなく進歩し、延命への挑戦は続いた。
あらゆる有害な病原菌が根絶されたのは、宇宙暦1000年を迎える頃だった。
その結果、平均寿命は世代を重ねる毎に飛躍的に延びていった。
減ることのない人口を収容するために、次の殖民星を開拓し続ける必要が生じた。
なんと言うことだろう、人類が400光年も彼方にまで進出したのは、そんな延命の欲望がエネルギーになっていたのだ。
人類は、“種を絶やさない事”と“個体を長生きさせる事”を混同し、目的を見失ったのだ。
「わかったかね?キミ達は死ぬなんてことを、考えた事もないだろう?」博士はシタリ顔で言った。「今の世の中で死ぬことはかなり難しい。頭を下にしてビルから飛び降り、頭蓋骨を瞬時に粉々にでもしない限りはね。ワシの友人は、事故で鉄骨が肝臓を貫通して心肺停止を3日も続けたが、バイオテクノロジー製の新しい肝臓に取り替えて、今では以前より元気にやっておるよ」
博士は立ち上がって、ピョンピョンと床を跳ねて見せる。その度に即頭部の雲毛がゆらゆらと揺れた。
「ワシがいくつに見える?」
「670歳ぐらいですか?」ハンマーが答えた。
「そんなもんじゃない、897歳。ああ、やだやだ。昔の地球人がわしの年齢を知ったら、こう言うじゃろ」博士は言った。「お前は妖怪か?それとも屋久杉かよ?!ってね」
「はあ…ヤクスギ?お若く見えますね…」
<5>に続く…
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