たわわに実った葡萄の房がレリーフされた、美しい木製の小箱。
油絵の背後の壁にそっと隠されていた大切な物を、コーラがエースに手渡した。
「絵を外すとフックが持ち上がり、壁からこいつが飛び出す仕掛けだったわけか…」エースが袖で蓋を磨き、レリーフを穴が開くほど観察する。「これは確かブドウの実…!女神の雫がワインだとしたら…」
「エース、早く開けて中を見せて…!」
エースが生唾を飲み込みながら蓋をそっと開くと、封印されていた遥か昔の空気が解き放たれ、少しかび臭い匂いが二人の鼻をくすぐった。
「ビンゴ…!」
木箱の中から埃の煙とともに現れたのは、鉄のリングで束ねられた四本の鍵と一通の黄ばんだ封筒だった。
「み、みんな、見つかったぞ!早くこっちに来てくれ!♪」
すぐに集まった仲間達が見守る中、エースが震える手で封筒を開け中味を慎重に取り出した。
「これは、この建物の見取り図だ」エースが紙片を光に翳し、その右端の一点をみんなに指し示した。「地下室の奥にあるワインケーブの突き当たり。バイパスの入り口はこの☆印の場所に間違いない♪」
「そして、この鍵束が入り口の…?」ハンマーがリングを持って鍵を揺らすと、ウインド・チャイムのような金属音がラウンジに響いた。
「あいや〜…ホントに見つかったあるな。意外にRPGよりも簡単だったある」
「いよいよ、この惑星ともオサラバだ!」スカーがメタルの拳を突き上げた。
「…もう後戻りは出来ないな」ハンマーが感慨深く呟く。「うん、やったろうじゃないか!」
「さあ、すぐに出発しよう。急いで準備をしてくれ♪」
「おい、建物の中でゆらゆら蝋燭の光が楽しそうに揺れてるぜ…」ボコが全速で走るラクダに揺られながら相棒に言った。「ノンキにお誕生会でもやってんのか?ふふふふ」
「今晩は。電気料金の集金にうかがいました〜」デコが考え抜いた台詞をリハーサルした。「ぎゃははは!オレって超おもしれ〜。早くこのギャグをヤツらにかましてやりたいぜ!」
「インセックの追跡官のお笑いセンスを思い知らせてやる!ひひひひ」
エースの指示に従い、荷物をまとめ終えた旅人達はラウンジに緊張した顔で集まった。
「いいか、ここからは絶対にはぐれるなよ!実際なにが突然起こるかわからないんだから♪♭」エースが仲間の顔をゆっくりと見回すと厳かに言った。「オレ達は、どこまでもずっと一緒だ!」
「ちょ!ちょと待てほしいある…」ワンが申し訳けなさそうに言った。
「どうした?怖気づいたんじゃないだろうな?♪♭」
「違うある。キャメちゃんにお別れを言い忘れたあるよ…」ワンは瞳に涙を一杯浮かべていた。
「砂漠に残すの可哀想ある…」
「ワ、ワンくん…。すっかり、情が移ってしまったのね」コーラが貰い泣きをしていた。
「道中でずっとラクダとタメ口で話してたからな」最愛の三角獣モービルと別れたばかりのハンマーが言った。「無理もないさ。ワンにとっては、親友や兄弟と同じなんだ…」
「帰巣プログラムがあるから、ちゃんと還れるのに…しょうがないなあ」エースが困ったように微笑んだ。「待ってるから、早くお別れを言ってきな!♪」
「はい!」ワンは脱兎のように表に飛び出していった。「キャメちゃ〜ん!」
ワンがその美しいシルエットに駆け寄り、長い首をキュッと抱きしめフワフワとした感触を記憶に焼き付けようとしていた。「キャメちゃん、いままでありがとう。連れて行けずにゴメンネ…ある」
「ワシナラ、ダイジョウブ」ラクダは気丈に言った。「ヒトリデ、マチニカエル。オマエ、トットト、ナカマト、イッチマエ」
「キャメちゃんたら、言うね〜…ある」
「ソンナコトヨリ、アレ、ミロヤ」キャメは、鼻先で砂丘の中腹を指した。「オッテガ、クルゼ」
「なんだって!?…ある」
黒い二つの点が、砂煙を上げてこちらに向かってくるのが見えた。
「ゲゲ!」
「たいへんある、たいへんある〜!!」
ワンがラウンジにあわてて駆け戻ってきた。「インセックがもうすぐそこに迫ってるあるぞ!」
「マジか!?みんな急げ!すぐ裏口から外に出るんだ!」エースが図面を確認して指示を出したあと、ビックリ眼でワンを二度見した。「ところで、なんでラクダも一緒なんだよ?♭」
「やっぱり、置いていくわけには行かないある」ワンが泣き出しそうな顔で言った。「ヤツラにひどい目に遇うかもしれないあるし…」
「ええい!も、もう考えてる時間がない!何でもいいから急いで裏庭まで走れ!!♪」
「あの中に地下のワイン貯蔵庫に降りる階段が隠されているはずだ」エースがチラっと図面を確認した。
スカーを先頭に、逃亡者達は次々にトレーラーの中に駆け込む。
「あった、階段があった!」中からスカーの声が聞こえた。「意外に地下は広いぞ!」
「ワン、急げ!」コーラを先に中に入れたハンマーが、入り口で振り返り手招きをする。「ラクダはあきらめろって!」
「ぜたい、ぜたい、ぜたいぜたい、ぜたい、連れてくあるよ!」
「ふう、この期に及んでレゲエっぽいリズムでダダこねか…」
「ハンマー、先に行け!ここはオレがなんとかするから♪」
ラクダを降りた二人の追跡官は、ビーム・ガンを構えて正面のドアをたたいた。「すみませ〜ん。電気料金の集金で〜す」
「…」
「奥様〜、お醤油貸して下さる〜?」
「…」
ドアの中にそのギャグに反応する気配はなかった。
「せっかく考えたのに、二つともスルーかよ。ふざけやがって!」デコがドアを蹴破ろうとする。
「待て。どっちかって言うと、ふざけてるのはお前のほうだろう」ボコが相棒をたしなめ、ドアをそっと開けた。
――ギ、ギギギー
「しまった、いないぞ!一足遅かった…」ボコがキョロキョロと室内を見回す。「オレは中を捜す。お前は外から急いで裏口に回れ!」
「逃がすものか!」
「キャメちゃん、頑張るある。ヨイショ、ヨイショ…あるよ」
「手ぬるい!もっと強く引っ張れ!♪」
トレーラーの入り口から、まだ半分ほどラクダの尻がはみ出ている。
中からワンがキャメの手綱を引き、エースがその柔らかい尻を渾身の力で押し込もうとする。
「ヤメロ、コロスキカ」
「ちょっと我慢しろって!行くぜ!せーの…♪」
「ヨイショ!…ある」
――スポン…
「は、入った!♪♯」最後の一押しでラクダをトレーラーに押し込んだエースが、反動で尻餅をついた。「イテテ。ワン、早く階段を降りて皆を追え!」
裏庭の月明かりの中に、銀色のトレーラーが見えた。
「なんだあれは?!」
デコは小さなトレーラーの中に確かにラクダの姿を確認し、頭を抱えて呟いた。「そんな、バカな…」
室内の捜索を終えたボコが裏口から飛び出して大声で訊ねた。「デコ、どうした!?まさか逃げられたんじゃないだろうな!?」
「ヤツらラクダを連れて、あの中に逃げた」デコが信じられないという表情でトレーラーを力なく指さす。
「ま、まさか?幻でも見たんだろう」ボコが念のためトレーラーの中をあらためた。「し、しまった、隠し階段がある!」
追跡官たちは、階段を転がるように駆け下りていく。「待ちやがれ!」
壁の左右には大量の酒樽が貯蔵され、この洞穴が大昔からワイン貯蔵庫だったことがわかる。
それはラクダにとって明らかに場違いな空間だった。
「よしよし、キャメちゃん怖くないあるよ」
「テメエラ、ロウソク、クラクテ、フベンカ?」悠然と洞窟を見回しラクダが訊いた。「ワシ、ライト、ツケル」
キャメの目に仕込まれたハロゲンライトが点燈し、逃亡者達の行く手を明るく照らした。
「イエイ!明るい♪」エースが親指を真上に突き立てワンに見せる。「マジ助かるぜ」
ワンが嬉しそうに頷いて返した。
「エース、広場のような場所に出た!」先頭を行くスカーが叫んだ。
エースがラクダの灯りを頼りに図面を確認する。「ここだ!このあたりに鉄格子の入り口があるはずなんだ…」
「エース、あったわ!」コーラの声が後ろで聞こえた。
続く…
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