5万人を越える暇人が、日暮れ前から広場に集まっていた。
今宵はダウンタウンの巨大ショッピングモール「マルキュー」の前に毎月三回立つ、大昔の物々交換を再現した「十日市場」の夜。
人々の嬌声と辺りに漂う屋台の煙、殺伐とした都市が束の間の賑わいに生き返ったようだ。
中央政府がこれを黙認しているのは、人々にガス抜きの機会を与え不満を抑えるためなのだろう。
商品は有機食品や科学繊維の衣類がほとんどだが、ドサクサに紛れてアンティークや大昔の音楽(ロック)のディスクをグラスの下に敷くコースターと称して持ち込む輩もいた。
脳内に埋め込まれたブレイン・タグというチップの作用で、家畜のように大人しく振舞うことしか出来ないブロイラーと呼ばれる人間がほとんどだが、全てではない。
実際にはチップがまったく効かないタイプも、なぜか相当数いるのだ。
そんな人間は“ヒューマン”と言われ、時には弾圧の対象になるのでめったに正体を現すことはない。
でも簡単な見分け方がある。
「十日市場」で、コースターや古いデニム生地を大枚叩いて手に入れようとするヤツを見かけたら、多分そいつは“ヒューマン”だ。
日が暮れてしばらくすると、空からキラキラ輝くフライヤーが市場に雪のように舞い落ちてきた。
それは、シティ・カウンシルの建物の向かいにあるモールの屋上から、役所を挑発するようにバラ撒かれていた。
フライヤーにはLOOONIESのロゴと“JUST DANCE!”のシンプルなスローガン。
「ポリ公ども、かかってきやがれ!今日は何曲やらせてもらえるのかな?さあ、行くぜ!」
市場を見下ろしたエースが武者震いをするスカーに耳打ちし、おもむろにマイクの前に立ち叫んだ。
Character © 2008TTTG
「HERE COME THE LOOOOOONIEEEEEES !!!!」
――ウォー!!
群集が空を見上げ、爆発のような驚きと期待のどよめきを上げる。
――ドム、ドム、ドム、ドム…!
ハンマーのバスドラが、ギグの開始を伝える祝砲のように響いた。
――ブンブンブンブン…!
スカーのベースが夜店のテントをビリビリと震わす。
――グッ、ガッガー、ググ、ガッガー…!
シンプルなのに太い芯を感じる、本物の美しいロックサウンド。
エースのエッジの効いたギター・リフが、広場の空気に決定的な命を与えた。
その証拠に、一般の心の老いたブロイラー達は騒音に対し一斉にお座成りなブーイングを3人に浴びせる。
逆に“ヒューマン”達は、ロックの洗礼を心の底から喜び、踊り出したい気持ちを隠し切れずもう縦揺れを始めていた。
エースがそれを見ながらシャウトする。
♪今を踊ろう!ひたすら今を踊って行こう♪
この歌詞を合図に、そこここで群集が大きく縦に揺れ出したのが他のメンバーにもはっきりわかっていた。
「最高だぜ!」
――ドム、ドム、ドム、ドム…!
――ブンブンブンブン…!
――グッ、ガッガー、ググ、ガッガー…!
3曲目の間奏の途中で、スカーがギターを弾くエースに耳打ちする。
「赤いテントの横にいる髪の長い娘。めちゃ踊ってるから判るだろ?あの娘がフォトをくれた」
「あいよ、判った!」
Character © 2008TTTG
エースが間奏を終えたところで、ピックを赤いテントに向けて投げる。
ピックはヒラヒラと宙を舞い、ストレート・ヘアの少女の足元に落ち彼女の手にしっかりと渡った。
嬉しそうに手を振った少女に、エースがウインクを返したその瞬間…。
――ピピー!!ピピー!!
規制や警告の音というのは、どの時代でも耳障りなホイッスルだった。
「やばいぞ、みんな逃げろ!!」エースが聴衆に警告し、ギブソンES−335をアンプに向け巨大なハウリング音をサイレンのように響かせる。
――キーン!!
このノイズが脱出の合言葉。
「お開きだ。野郎ども、ずらかるぜ…フン♪」
「プッ!」ハンマーがエースの古臭いセリフに、思わず噴きだした。
警察も騒乱罪程度のガキを、実はそう真剣に追いかけたりはしない。
出来レースとは言わないが、LOOONIESとポリスの鬼ごっこは、“ニュー・シブヤ”の華のようなところがあった。
おそらくポリスの内部にも隠れヒューマンは、結構いるのだろう。
踊っている警官を見かけることもめずらしくない。
毎回牢屋入りを覚悟してギグをするが、実際にぶち込まれるのは4回に1回だけと暗黙に決まっているようだった。
今晩も悠々セーフ。いつものように裏口に停めたモービルに乗り込むと、もうポリスは追ってこなかった。
「腰抜けめ。今晩は特に張り合いがないぜ」ケンカ好きのハンマーが、指の関節を鳴らしながら言った。「たまには大立ち回りやってみたいもんだ。で、うまくピックは渡せたのか?」
「ああ。おそらく向こうから訪ねてくるだろう」エースが言った。「オレの魅力でな…ウッフン、フン♪」
3人は息抜き場であるサイゴウヤマ公園に逃げ戻り、少女がここに訪ねてくるのをじっと待つ。
しばらくすると、ダウンタウンの方からシルバーのバイクがやってきて公園の前でピタリと停まった。
「やった!あの娘だ」
「今晩は!」
辺りを用心深く見回しバイクを降りた少女は、3人の方にまっすぐやってきて言った。
ストレートの肩にかかるサラサラとした髪にローライズのデニムをはいた姿は、まるで20世紀から抜け出してきたようなチョー懐古趣味だ。
3人は一目で彼女が本物の“ヒューマン”か「それ以上」であると感じていた。
「今晩のギグ、最高だった!あんなにブットい音、初めて聴いたよ」少女はまるで子供のような笑顔で言った。「エース、ピックどうもありがとう!」
「あのフォトのお返しだよ。キミ、名前は?」エースが訊く。
「コーラ(COLA)よ。あなたの大ファンなの」
「て、照れる…。スカー、お前が話を訊きなさい」
「コイツ、3Dの女の子恐怖症でね…。アニメオタクなんだよ」
「いい加減なコト言うな!」
「この前の地球のフォト…」口を尖らすエースを無視して、スカーが言った。「あれはどこで手に入れたの?」
「気に入ってくれた?他にもたくさんあるよ」
「え?マジか?どこに?」ハンマーが身を乗り出す。
「あなたのドラム好きよ。ここにズシンとくる」コーラは、ハンマーの質問を無視し、膨らんだ胸元に手を当てた。
(惚れてまうやろー!)ハンマーが、熟れたトマトのように赤面して下を向く。
「よかったらウチに来る?見せたいものが一杯だよ!」
「行く、行く。行きます!」3人は意外に大人っぽい少女に従うように、異口同音に返答した。
<4>へ続く…
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