「いったい、どうすればいいんだ…」
通信記録を全て読み返したあと、アシモフ博士は涙に濡れた瞳を閉じ、長い溜息を一つはきだした。
「旅路の果てにこんなに残酷な別れが待っているとは…」疲れ切ったラモージロ通信士が、コメカミを指で押さえて言った。「しかし、ペッパーの言う通りに、なんとか納得させるしかないでしょう」
「彼らは固い絆で結ばれておる。旅を通してその結束は更に磐石になったはずじゃ。おまけにコーラとエースは恋に落ちてしまった…」博士は首を横に振った。「別れは、受け入れがたい苦しみじゃろう…」
「はい。5人一緒に地球に向うかもしれません。たどり着けるのはたった3人だけと知りながら…」
「ラモ、それでも彼らに事実を知らせる必要があるのだろうか?苦しみをまた一つ増やすだけではないのか?」
「それは、わたしにも判りません」ラモは言った。「しかし、それを乗り越えるからこそ真の勇者…ペッパーはそう言いたかったのではないでしょうか」
「判断するのは結局彼らだ…。たとえ勇者の伝説が覆ったとしても、我々はその結果を甘んじて受けるしかあるまい」
*
若さゆえの順応性と旅で培った逞しさのお陰で、彼らはここでの生活に次第に不便を感じなくなってきていた。
「この先に付いてる粒は、食べられるあるぞ!」ワンが青々と自生する植物の穂先を摘み口に運ぶ。
「それは“麦”という穀物だ。誰かがここに植えたんだろう♪」古代通のエースがウンチクを授ける。「お前が商売にしていたシュウマイの皮も、もとはと言えばこの粒から作るのさ」
ピタリと寄り添うコーラが、頼もしそうにエースを見た。「へえ、物知りね」
「わたしは昔から工場で作っていたと思ってたある!じゃあ、これを小屋に持って帰って今晩シュウマイ作るね!」
「缶詰にも飽きてきたころだ、頼むぜ!と言いたいとこだが、小麦粉になるのはまだちょっと先だな♪」
「おーい!」ハンマーが手を振り走り寄る。「木の実をこんなにたくさん見つけたぞ。食ってみろよ。とっても甘いんだから」
「うまい!これは野苺という果物だ。合成物は食ったことがあるが、天然物は初めてだ♪」
穏やかな日差しと遠くに聴こえる心地良い潮騒が、母の腕の中のように旅人たちの流離(さすら)い続けた気持ちを癒していく。
彼らのマザー・アースを渇望する気持ちも、ほんの少しずつ萎え始めていた。
「このまま、ここで暮らしたいな…」コーラが、誰にも聴こえない小声でつぶやいた。
「エース!大変だ!」浜辺の様子を見に行ったスカーが、岩山を駆け上がってくる。「ゲートが急に広がった!昨日までとは大違いだ。もう、ハンマーの腹が通るほどの大きさにまで成長したぜ」
「ほんとうか!」エースは血相を変え、すぐに浜辺に駆け下りて行った。
その晩の夕食の席で、エースがリーダーとして宣言した。「出発は三日後。夕方潮が引いてゲートが姿を現したら出発しよう…!」
「よし!いよいよだな」ハンマーがコップをテーブルに置き、ポキポキと指を鳴らした。
「やっと長年の夢が叶うある!」
「うん!」スカーは力強く頷いて髪をかきあげた。
「いよいよ、あらゆる生命の起源マザー・アースの本物の“海”が見られるぜ♪」エースがみんなの顔を見てウインクした。
「海ならここにだってあるのに…」コーラが少し口を尖らせ俯いたまま言った。「地球に着いたらみんなどうなるの?死んじゃうかもしれないんだよ」
「コーラ、目的を見失ってはいけない。オレたちは、地球に人類の危機を知らせにいくんだ。命懸けなのは覚悟の上さ」
「だって、わたし…」コーラは、その先の言葉を飲みこんだ。
「あ…」ワンが口をポカンと開け窓の外を見た。「ラモさん…、久しぶり」
「な、なんだって?!ラモさん?♪」エースがワンの異変に気づく。「シッ、みんな静かに!久しぶりにドームと交信が始まったようだ…」
「エンゾ、民の解放は無事に完了したであろうな?」ショウグンが玉座から訊ねた。
「はい。老人達は居留地でずっと家族の到着を待っておりました。勇者たちとの約束は、見事に果たされました」
「そうか…それはよかった…」
「実は、不思議なことがございました」
「不思議なこと?」
「はい。あの勇者達の連れていたアンドロイド・ラクダが…」エンゾがその時のことを思い出し首を傾けた。「彼らの一人が被っていた帽子をどこかで拾い、待っていた老人達に届けたのです」
「誰かがそれを命じたのか?」
「いえ。ラクダが自ら行動したとしか思えません」エンゾがまた首を傾けた。「老人達は、勇者が約束を守って帰ってきたと皆泣いておりました…」
「そ、そうか…」鉄仮面がまるで涙が零れるのを防ぐように上を向いた。「これもまた、いつの日か伝説に変わるのだろうか」
「はい…」
「エンゾ、サイは投げられた…」ショウグンが暗闇から最も信頼する家臣に言った。「もうすぐ三人の勇者が地球へと旅立つ」
「英雄伝説が恙(つつが)無く踏襲されますことを…」エンゾは祈るようなポーズをとった。
「もう、全て我が手を離れた。あとは運命の赴くまま。あの若者たちの勇気が、きっと生命(いのち)の行く手を明るく照らすだろう」
「はい。仮になにかの間違いがあろうとも、我らはショウグン様とともに新たな創世の手順を続けるまで」
「ふう…。新たな生命の誕生まであと何年だ?」
「46億年ほど…」
「…?」
「遠い過去も、遥かなる未来も、行き来がままならぬというだけで人は畏怖の念を持つ…。しかし所詮は“現在(いま)”と同じことなのだと悟ったよ」ショウグンは暗闇から抜け出し拳を握った。「いまこの瞬間になにを為すか…それが、全て」
「…」エンゾは黙って瞼で頷いた。
「いやだ!やだ、やだ、やだやだやだ。絶対にいやだ!」
ラモの長い説明を聞き終わったワンが、この旅の中で一番強烈な駄々こねで応じた。
「どうしたワン?」エースが、ワンの反応に驚いて声をかけた。「ラモは何を言っているんだ?」
旅人たちは交信中のワンを囲み、その異常な反応の理由を知ろうとする。
「ここまで一緒にやってきたのに、ここで別れるなんて絶対にいやあるぞ!」
「別れる!?馬鹿を言うな!オレたちが何で別れなければならないんだ?」エースが気色ばんでワンの肩を揺すった。
「馬鹿を言っているのは、ラモさんのほうね!わたしは絶対に言うことをきかないあるぞ!」
「理由を説明しろ!ラモは何と言っているんだ?」
「3人しか地球に還れないなんて、絶対にやだ!!やだやだやだ!やだやだやだ…やだだだだだ…」
――ドンッ!
ワンは首を横に猛烈に振り続けた挙句に、テーブルに突っ伏して気絶していた。
「3人しか還れない…!?な、なぜだ?」
エースが、倒れこんだワンの隣で頭を抱えた。
続く…
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ワダマサシ(本名:和田将志)
「HEART×BEAT]事務局発起人。
東京都出身、慶應義塾大学商学部卒。
ビクター・エンタテインメント、ソニー・ミュージックで
長く音楽制作業務に携わる。
2004年シンク・アンド・リンク(株)設立。
2007年逢谷人(おうや・じん)のペンネームで
処女作にして700枚超の長編小説「エンジェル・ハンズ」執筆。
ブログ村サスペンス小説ランキングで1位に。
同年、続編の「ファイアー・ウォール」完成。
同時にソニーミュージックとシリーズの原作契約締結。
2008年秋、三部作最後の「タイム・キラー」完成。
現在、映画化へ企画進行中。