海洋冒険小説
「Missing 3〜中年南海漂流記〜


運命の悪戯か?神の罰ゲームか?
南海の不思議な孤島に流れ着いた
3人の普通のおじさん達。
彼らが無人島生活で取り戻す
都会暮らしで失くした何かとは?

心が旅をする冒険ファンタジー

不定期連載中!
いよいよ物語は佳境に!!

連載第25話“突然の別れ”更新!


STAGE1 Back Number
タイトルをクリックすると、その物語のトップにジャンプします。
お好きなコンテンツをお楽しみ下さい!


「MELODY CALLING」 by 田村充義
バイト先のデパートで知り合った年上の女の子。
ケイタイのメロディーコールで彼女が僕に送るメッセージの意味は?
そして切ない二人の恋の行方は?

「1000億光年の彼方」 by 奥山六九
いつも通勤の電車の同じドアの前で見かける彼。
ひょんなことで始まった二人の淡い恋と突然の別れとは?

「友人28号」 by 逢谷人
匿名係長・三谷拓哉シリーズ。この短編の主人公は三谷の長男。
友達とただの知り合いの境界線ていったいなんなんだ?
考えてみよう。あなたの友人は、あなたを友人とみとめているのだろうか?

「最後の22分」 by ワダマサシ
もしもこの世があと22分間で終わってしまうとしたら、あなたは残された時をどう使うだろうか?
これは最期の時を友人と音楽を聴いて迎えた人たちの物語。

「過去との遭遇」 by 逢谷人
山手線の車内で遭遇したのは“二十歳の時の自分自身”だった。
思わず“オレ”は過去に話しかけてしまうが、その時ヤツが気づかせてくれたこととは?

「ナオミの夢」 by 逢谷人
匿名係長・三谷拓哉シリーズ。ソンポに勤めるオレは空気の読めないオトコと言われている。
言いたいヤツには、言わせておけばいいさ。だってオレにはナオミがいるんだもん。

「学校教育」 by 奥山六九
文部科学省に勤務するわたしがおおせつかったのは、新しい“教育唱歌”をつくることだった。
短い期間にそんな慣れない大役を果たす事が出来るのだろうか?そして…

「ルームメイト」 by 角森隆浩
オレはシドと呼ばれたかっただけさ。
隣に住む運命の人ナンシーなら、おれのパンクな気持ちをわかってくれるはず。
ネグラを奪われたオレはナンシーの部屋を訪ねるが…。

「潮騒のカセット(洋楽編)」 by 逢谷 人
「潮騒のカセット(邦楽編)」 by 逢谷 人
1985年夏−オレは彼女を誘い海岸まで車を飛ばした。
とっておきの音楽を詰め込んだ“潮騒のカセット”を用意して。

「赤いスイートピー」 by 逢谷 人



◆このブログが気に入ったら、つぶやいてみんなに知らせてください。

2009年05月17日

ルームメイト

Story by 角森隆浩


Sid Vicious-My Way

男が風呂に入っている隙に、女性が110番通報したので事件が明るみになった。
警察の到着を察した犯人は、女性を人質に取り部屋の中にろう城したのだ。
危険な監禁、立てこもり事件の発生である。
はたしてろう城の目的はなんなのか、犯人からの要求が何も無いため、警察もまったく判らない状態であった。

警察と機動隊が人質のマンションを包囲してから、すでに8時間が経過した。
今なお立てこもり犯からの具体的な要求は何もなく、人質の安否も今にだ判らないままであった。
現場には密かに狙撃班が配置され、機動隊も命令さえあればいつでも突入できる準備は整っていた。

 「犯人に告ぐ!いったい君は何が目的なのだ!一刻も早く人質を解放して投降しなさい!」
機動隊の隊長の懸命な呼びかけにも部屋の中からの反応はない。男は女性を人質に取ったままピクリとも動かない。
「困ったな…」隊長が苦悶の表情に顔を歪めた。「ホシの動機がさっぱり判らない」
周辺は異様な緊張感に包まれた。
マスコミ各社がどっと現場に押し寄せていた。

 『容疑者は日頃から騒音等の迷惑行為を繰り返し、近隣住民とのトラブルが耐えなかったようです。』

 『容疑者は家賃滞納により住居を退去処分となったことに恨みを感じており、その腹いせに面識の無いA子さん宅に押し入った模様です。』

 『容疑者と被害者の人質の女性は以前から関係があり、容疑者は痴情のもつれから今回の犯行に及んだと思われる。』

一昼夜が経過し、もはや人質の体力も限界だろうと思われてきた。
機動隊の動きが再び慌ただしくなり始めた時、機動隊隊長のもとに犯人からの電話が入った。
何がしかの要求がなされるのかもしれない。
現場の緊張はピークに達した。

「もしもし私が責任者だ。君の要求は何かね?うん、うんうん…。そうかわかった。ではこれでいいのかね?」

隊長は複雑な表情のまま、受話器の向こうの犯人に向かって『シド君』と呼びかけた。
そして、おそらくこれも要求なのだろう。
犯人からの指示に従って、今度は人質女性と電話でやりとりを始めた。

「もしもし、A子さんですか?お体の方は大丈夫ですか?申し訳ありませんが犯人からの要望でして…。彼に向かって『シド』と呼びかけてやってもらえませんでしょうか?それが終わればあなたを解放し、本人も投降すると言っております。私もどういう意味なのか理解に苦しむのですが、ひとつ犯人に対して『シド』と呼んでやって頂けませんか?お願いします。必ず我々が救出いたしますので頑張って下さい!」

5分後、人質女性は無事解放され、その後犯人も約束通り投降してきた。
事件発生から26時間後に、この事件は人質無事救出という形で解決した。


<了>





角森隆浩(ツノモリタカヒロ)
2005年、角森宅に泥酔した泊まり客が置き忘れて行ったウクレレを
ポロポロ弾く内に曲が出来始め、単身ライブハウスへの出演を始める。
2005年11月、1stソロ・ミニアルバム『角森隆浩vol.1』を、
2006年3月に『角森隆浩vol.2』をリリース。
2006年、角森が所属するバンド『ninotrinca』のスタッフだった
ともみ、舞、のんこが「キレイなムームー着てハワイアンの真似をやりたい」
という下らない動機で『ダイナミックオーシャンズ』を結成する。
既にウクレレ弾きだった角森に白羽の矢を立て招聘、
『角森隆浩&ダイナミックオーシャンズ』がスタートする。
2006、2007年、精力的にライブ活動を行う。
どこに行っても、誰と演っても、唖然とされた。
小西昭次郎(元”BL.WALTZ” ドラマー)のプロデュースにより、
オーシャンズ初アルバム「VIVA! DYNAMIC」を制作、2008年8月27日にリリース。


2009年05月12日

ルームメイト

Story by 角森隆浩

<5>


いったい全体なんなの、あの男は?
いきなり夜中に押しかけて来て、やれあたしと結婚だの、お父さんを溺れ死にさせかけただの、とてつもなくキケンな男じゃないのよ。
どう考えても本物の狂人よ。マジであたし怖いわ…。
警察を呼ぼうものなら殺されちゃうんじゃなかしら?
人質にされて立てこもりなんてのもシャレにならないから、とにかく今はおとなしく言う事を聞いておくしかなさそうね。

こんなにしゃべってて大丈夫なのかって?
エエ、彼は今お風呂に入ってるの。
だからちょっとだけ、小声でなら大丈夫よ。
なんでも彼、3ヶ月間お風呂に入ってなかったんですって!
どうりでさっきまたアナル嗅がされた時、あたしの脳みそが腐って耳から流れ出すんじゃないかって思ったわ。
それくらいエグイ香りがしたもの。
たぶんあのケツに比べたら、腐乱死体のニオイもバラの香りのように思えるんじゃないかしら?
わたし、そんな気がするわ。

今キッチンでガスの火をつけてるの。
様子見てくるからちょっと待ってて。
なんでキッチンにいるのかって?
あの男がいきなり、『お腹が空いたから何か作ってくれ』なんて言うのよ。
信じられる?どんな神経してるのよ!

『俺は料理にはうるさい方だ。マズイ料理には我慢ができないタチなんだ。』ですって!
それで、『もしも君の作ったものがマズかったら、残念ながら僕はこうしなきゃナラナイ』って、いきなりわたしに往復ビンタするのよ!

もしもマズかったら、その時に殴ればいいじゃない!
なんで作る前から殴るのよ!
『永遠に終わらない往復ビンタを君にくれてやるかも。』ですって?
ずっと殴ってるつもりなの?あいつ絶対キチ○イよ!
ああ農薬かなにか家になかったかしら?お鍋の中にブチ込んでやるのに。
でもそんなのあるわけないでしょ?そもそもあたし、フツーのOLなのに。
とにかく急がないいとヤバイのよ。
『俺が風呂から出た時に食事の用意ができてなかったら、こたつの上にウ○コしてやる!』って息巻いていたもの。
ああ、どうしよう、わたしもう気が狂いそう。
だって彼なら絶対なんのためらいもなく、そうできるでしょう?
だから急いで作らなきゃいけないの。
悪いけど邪魔しないでくれる?


続く…



角森隆浩(ツノモリタカヒロ)
2005年、角森宅に泥酔した泊まり客が置き忘れて行ったウクレレを
ポロポロ弾く内に曲が出来始め、単身ライブハウスへの出演を始める。
2005年11月、1stソロ・ミニアルバム『角森隆浩vol.1』を、
2006年3月に『角森隆浩vol.2』をリリース。
2006年、角森が所属するバンド『ninotrinca』のスタッフだった
ともみ、舞、のんこが「キレイなムームー着てハワイアンの真似をやりたい」
という下らない動機で『ダイナミックオーシャンズ』を結成する。
既にウクレレ弾きだった角森に白羽の矢を立て招聘、
『角森隆浩&ダイナミックオーシャンズ』がスタートする。
2006、2007年、精力的にライブ活動を行う。
どこに行っても、誰と演っても、唖然とされた。
小西昭次郎(元”BL.WALTZ” ドラマー)のプロデュースにより、
オーシャンズ初アルバム「VIVA! DYNAMIC」を制作、2008年8月27日にリリース。


2009年05月10日

ルームメイト

Story by 角森隆浩

<4>

「ヘーックション!」俺は大きなくしゃみをした。
ヤバイヤバイ、このままだとマジで風邪を引いちまうな。
早くねぐらに帰らなきゃ。

「ねぐらって言ってもな、アパートおん出された身ではなあ…。」とかブツブツ言いながらも、俺の足は自然とある人のところへ向かっていた。
俺が行くべき場所、いや俺が『帰る』べき故郷のような場所へ。

 ピンポーン。

 俺は躊躇なくその人の部屋の呼び鈴を押した。
もう真夜中だが、彼女は判ってくれる。っていうか、俺の帰りを待ちわびているハズなんだ。

 「ううっ、どなたですかあ….。」

寝ぼけまなこで彼女が玄関口に出てきた。
おお、この4ヶ月ずっと会いたかった。
うるわしの人、我がいとしのナンシーよ!

 「うげげげ!あなたは向かいのアパートにいた人じゃない!何しにきたんですか、こんな夜中に!迷惑ですから帰ってください!」

ナンシーはあわててドアを閉めようとした。
しかし女の気持ちとはいつも裏腹なものなのだ。
「帰って!」と言うことはつまり「どうぞお上がりになってください」ってことなんだ。
そうだよな?
まったく女ってヤツはメンドクサイ生き物だよ。
でも、それゆえ男は女に惹かれてゆくのかな

「いやいや、どうぞおかまいなく!もう寝てらしたかな?申し訳ありません。御無沙汰しておりました。いやいやお元気だったですか?」

ナンシーは何やら叫んでいたが、俺は気にせず取りあえず部屋に上がらせてもらった。

「おっ、もうこたつですか?結構ですなあ!やはり冬はこたつに限る!今年の冬は、このこたつであなたと一緒に鍋と熱燗といきたいモンですなあ!いやあ、きっと楽しいでしょうなあ!」

俺はデーンとこたつに腰を降ろした。
うーん、やっぱり我が家は最高だ!こたつも実に暖かい。
これが長旅から帰ってきた安らぎ、充実感なのか。
いやあ、ホントに俺はナンシーと出会えて幸せだよ。

「ナンシー、これからの二人のことを話し合わなきゃいけない。我々は強い運命とパンクスピリットによって結ばれた永遠のカップルなのだが、それについては君も異論はナイと思う。君はおびえる僕から恐怖を取り除き、悪魔の座薬をなんなく僕のケツにツッコンでくれた。本当に心の底から感謝しているよ。あの瞬間、君は僕の妻となる資格を手に入れたんだ。そうだろナンシー?」

俺は穏やかな笑みを彼女に向けた。
彼女は狂ったようにわめいていた。

「ごらんナンシー、あれ以来僕のケツがどうなったかを。君の勇気ある愛の座薬注入によって、俺のケツは劇的に変わったんだよ。」

俺は革パンを脱ぐと、彼女の鼻先にケツの穴を突き出した。

「ごらん、今やどこを見ても痔などひとつもない。これが清潔で清らかなケツというものだ。そしてこのケツを与えてくれたのは…。」俺は彼女の目を真正面から見据えてこう言った。「ナンシー、君なんだ。」

俺が彼女の顔からケツを引き離すと、ナンシーは白目を向いて卒倒した。
そうか気絶するほど、彼女は今幸せなのか。

「ナンシー、君のご両親も僕たち二人の門出を祝福してくれたよ。」

俺のその言葉に彼女はガバッと跳ね起きた。
そして気が触れたように俺を罵り始めた。

「聞きなさい。僕は誠意とパンク魂を持って君のご両親を説得したんだ。当然わかって頂けたよ。」

ナンシーは詳細を聞きたがった。

「君のお父さんの趣味は釣りだ。僕はそのことを知っていた。だからお父さんが湖畔で釣り竿を垂れていた時、俺はそっと後ろから忍び寄ってお父さんを湖に突き落としたのだ。」

ナンシーはバカデカイ声を張り上げて、俺に向かって「ぶっ殺す!」と叫んだ。

「静かにしなさい!君のお父さんが溺れているのを黙って見殺しにするような男に僕が見えるか?僕は咄嗟に湖に飛び込んだよ、お父さんを助けたい一心でね。」

俺は語りながら涙があふれてきた。
自分の勇敢さ、誠実さ、どれを取っても涙腺を刺激するに値することばかりなのだ。

「俺はお父さんを抱きかかえて、何とか岸まで辿り着いた。自分の命なんかどうなったっていい、だが何があっても君のお父さんはこの僕が守るんだ!その思いしか、僕にはなかったね。」

ナンシーは半狂乱になって俺に殴りかかってきた。俺も彼女を殴り倒した。

「生きて岸辺に辿り着いた時、我々二人は抱き合って泣いたよ。お父さんは何度も俺に『ありがとう、ありがとう、キミは命の恩人だ!』と言ってくれたよ。」

俺はため息をつき、再びナンシーを見つめた。
彼女の瞳の奥に、俺に対する狂信的な愛を感じながら。

「そして俺は、君のお父さんにこう言った。『お嬢さんを、ナンシーさんを僕に下さい!』ってね。もちろんお父さんは許してくれたよ。『ナンシーったば、誰だか知んねーが、とにかく娘はオメのような勇敢な男にもらって欲しいのだス!』お父さんはそう言ってくれたよ。」

ナンシーはガックリうつむいていた。
髪の毛の半分くらいが白髪になっていた。
よっぽど俺との縁談がうまくいったコトが嬉しかったのだろう。
ナンシーよ、俺だって君と同じ気持ちさ!こんな幸せ今まで一度だって感じたことはない。
君と出会うまでは…。


続く…


角森隆浩(ツノモリタカヒロ)
2005年、角森宅に泥酔した泊まり客が置き忘れて行ったウクレレを
ポロポロ弾く内に曲が出来始め、単身ライブハウスへの出演を始める。
2005年11月、1stソロ・ミニアルバム『角森隆浩vol.1』を、
2006年3月に『角森隆浩vol.2』をリリース。
2006年、角森が所属するバンド『ninotrinca』のスタッフだった
ともみ、舞、のんこが「キレイなムームー着てハワイアンの真似をやりたい」
という下らない動機で『ダイナミックオーシャンズ』を結成する。
既にウクレレ弾きだった角森に白羽の矢を立て招聘、
『角森隆浩&ダイナミックオーシャンズ』がスタートする。
2006、2007年、精力的にライブ活動を行う。
どこに行っても、誰と演っても、唖然とされた。
小西昭次郎(元”BL.WALTZ” ドラマー)のプロデュースにより、
オーシャンズ初アルバム「VIVA! DYNAMIC」を制作、2008年8月27日にリリース。


2009年05月06日

ルームメイト

Story by 角森隆浩


<3>

先日あたしのマンションの隣のボロアパートで、強制立ち退きっていうのかしら?業者さんが来て、荷物を全部運び出して行ったわね。
そう、わたしの部屋の窓を開けてちょうど真正面の人の部屋よ。
本当に薄気味悪い人だったわ。
防音も何もないオンボロアパートなのに、朝も夜も大っきな音で吐き気がするようなロックばかり聞いてるんだもの。
もうわたし、ノイローゼになりそうだったわ。

夏でも真っ黒な革ジャン革パン姿で、もう見るからに不衛生だったわ。
風向きによっては、なんかプーンとイタチみたいなスッゴイ臭いが漂ってくるの。
どう考えても、それってあの人の体臭なのね!
信じられる?人間の体からあんなクサイ臭いが発するなんて…。
嗅いだことはないけど、たぶんカエルみたいな臭いよ。
わたし『ココはドロ沼か?』と思ったわ。本当におそろしかったわ。
心底おぞましい人…。
ああいう人を『ヘビメタ』っていうんでしょ?
ねえ、わたしホントにそんなの大嫌いなのよ。

去年の夏、こんなことがあったわ。
忘れもしない、最悪の出来事よ。
それからしばらくの間、お食事もノドを通らなかったんですもの。
全部吐いてしまうんで….。あまりに醜悪な光景を見てしまったから…。
ああ、もう思い出したくもない。
おそらく生涯トラウマとして、わたしに付きまとうでしょう。

その日の午後もまたうだるような暑さだったわ。
ここ数年の夏の暑さは異常よね。
わたしは四六時中クーラーを点けっ放しにしてた。
身体にも美容にも良くないことは判っているわ。
でもわたし雪国の出身でしょ、暑さに弱いのよ。
この東京の暑さは尋常じゃない。
だからわたし、その日もずっと冷房を効かせっ放しにしていたの。

さすがに体のダルさを感じたわ。
いくらなんでも体を冷やしすぎね。
わたしは肩をすくめると、しばらく換気しようと窓を開けたの。
そしてその瞬間、信じられない光景がわたしの目の中に飛び込んできたのよ!

わたしが窓を開けた時、正面のヘビメタさんも窓を全開にしてたので、彼の部屋の中が丸見えになってしまったの。
わたし、そんなもの見るつもりはなかったわ。
ただ、わたしのマンションとお隣のボロアパートは、あまりに近くに隣接してるでしょう?
だからつい全容が見えてしまったのよ…。

ヘビメタさんは室温が50度はあろうかと思われる灼熱の部屋の中でも、革ジャンを着てたのよ。
もちろん汗だくだったわ。
しかし驚いたのはそんなことではナイの。
あの人、革ジャンの下、なんと下半身が全裸だったのよ!

「け、けがらわしい!なんという醜さなの!こんな男もはや人間ですらないわ!わたしは絶対に許さない!」

思わずそう叫びそうになったわ。
なんて度し難いハレンチな男なんでしょう?
わたしは必ずやこの男を訴えなければならないと決意した。
こんなキタナイもの、もう1秒だって見ていたくない!

彼はわたしに背を向けたまま、お尻をこちらにムキ出しにして、野球のキャッチャーのような姿勢で座っていたの。
要するに和式のおトイレに座るような格好よね。
えっ!わ、和式?お、おトイレ?
わたしは愕然とした…。なぜだかわかるでしょ?
そして戦慄のあまり、気を失いそうになってしまったのよ!

「こ、この人狂ってる!自分の部屋の中でウ○コするつもりよ!」

わたしは思わず声に出して叫んでしまったわ!
この世で一番けがらわしいものを今から直視しなければならない現実を認めたくなかったの。
それゆえ叫んでしまったのね。
そしたら彼、わたしの視線に気がついたみたいで、そのままのポーズでニューッとこちらを振り返ったの。

 「やあ、お嬢さん、いいお天気ですな!」

彼はお尻をムキ出しのまま、イキナリわたしに笑顔で挨拶したのよ。
ええっ?何、この人?
今自分がどれだけ異常なシチュエーションを創造してるのか、わかってるの?

「聞いてください、お嬢さん。ワタシは今ヒジョーな人生の危機に直面しています。今からワタシが行うコトは、とても勇気が必要であり、ハンパな男にできるシロモノではありません!」

なんなの?この人。
部屋でウ○コするのを正当化しようってワケ?
だとしたら本物のケダモノよ!
もしあなたがウ○コしたら、わたし絶対に吐くわよ!
約束するわ、この窓から吐きまくってやる!

「お嬢さん、この真っ白な座薬が見えますか?わたしは今からこの座薬を自分のケツに入れなくてはナリマセン!実に悲しいことです。しかし、こうするしかもう道はナイのです!」

たしかに男は白い座薬のようなものをわたしに向かって掲げてみせた。
えっ?なに?座薬?ウ○コじゃないの?

「お嬢さん、ワタシは数年来すさまじい『イボ痔』の痛みと戦ってきました。そして今日、ついにこの対イボ痔戦争と決着をつける時が来たのです!ワタシはこの座薬をケツにブチ込みます。その勇気があれば、すべてが上手く行くのです。いいですか、痔に蝕まれたワタシのアナルは、腐敗し切った『体制』そのものです!そして、そのケツに座薬をブチ込もうとするワタシの『意思』こそが、本当の意味での『パンク精神』なのです!」

男は必死の形相でわたしに語りかけてきたわ。
何かを伝えようとする人間の切迫した感じは伝わってきたの。
でも言ってることが、あたしには100%理解出来なかったのよ。

「お嬢さん、これが真のオリジナルパンクの在り方だ!座薬を入れてやる!でも初めてなんだ、座薬って!こ、こんなものケツに入れるなんて、信じられない!お、俺は怖いんだッ!たすけてお嬢さん!アンタ手伝ってくれ、俺は自分じゃムリだ!たのむ、アンタがケツの中に、この座薬をツッコンでくれ!」

男は泣きながらわたしにそう懇願すると、半分ほど座薬の入ったお尻を窓越しにグイグイ近づけてきた。
わたしは硬直して動けなくなったわ。
そう金縛りよ。
そして目の前に男のケツがドンドン迫ってきたの。

手をのばせば届きそうなほど隣接した私たちの建物。
わたしは目を見開いたまま、男のケツが躊躇なくわたしの顔面へと近づいてくるのを避けることができなかった。
やがてアナルはゆっくりとターミナルの終着駅のように、わたしの鼻先へと届いたの。
わたしは鼻で彼の座薬をエイッと押し込み、その瞬間、白い座薬は彼の体内へと消えて行ったわ。

「お、お嬢さん、これはワタシたちふたりの勝利です!ワタシひとりの力でイボ痔という悪逆なシステムを破壊したのではありません!お嬢さん、あなたとふたりで成し得た偉業なんだ。これはジャパニーズパンク史に残る快挙だ。俺はこんな感動、初めてだ。お嬢さん、あなたは俺の『ナンシー』だ!ってことは、俺はあなたにとっての『シド』なんだ!」

男はまた訳のワカラナイことを、わたしに向かってわめき出したの。
わたし、フト我に返ってあわてて窓を閉めたわ。
なんて悪夢だったんでしょう!
こんな凄惨な地獄がわたしの生活に降り掛かってくるなんて!
こんなけがらわしい男、もう二度と顔も見たくない!
もちろんアナルも二度と見たくないわ!

肛門ヘビメタは、わたしが窓を閉めた後も何やら必死で叫んでいたけど、そのうち静かになった。
そして翌日から彼は消えたの。
うるさいロックもピタリと鳴り止み、とにかくアパートに彼がいる気配がなくなったわ。

 『もうこのままどっかに消えてくれればイイ…。』
わたしはそう願わずにはいられなかったわ。
永遠に何処かにいなくなって欲しいの…。

それから4ヶ月後、彼の部屋の荷物を業者さんが運び出し、彼は立ち退きとなったの。
もうこれで彼と会うこともないんだ、永遠に…。
わたしは指で自分の鼻先に触れてみた。
そしてその指をクンと嗅いでみたの。
4ヶ月も経ったというのに、わたしの鼻先はまだ豚のクソのような臭いがしてるわ。

この香りが、あのけがらわしい男がわたしに残していった唯一の置き土産ね…。


続く…



角森隆浩(ツノモリタカヒロ)
2005年、角森宅に泥酔した泊まり客が置き忘れて行ったウクレレを
ポロポロ弾く内に曲が出来始め、単身ライブハウスへの出演を始める。
2005年11月、1stソロ・ミニアルバム『角森隆浩vol.1』を、
2006年3月に『角森隆浩vol.2』をリリース。
2006年、角森が所属するバンド『ninotrinca』のスタッフだった
ともみ、舞、のんこが「キレイなムームー着てハワイアンの真似をやりたい」
という下らない動機で『ダイナミックオーシャンズ』を結成する。
既にウクレレ弾きだった角森に白羽の矢を立て招聘、
『角森隆浩&ダイナミックオーシャンズ』がスタートする。
2006、2007年、精力的にライブ活動を行う。
どこに行っても、誰と演っても、唖然とされた。
小西昭次郎(元”BL.WALTZ” ドラマー)のプロデュースにより、
オーシャンズ初アルバム「VIVA! DYNAMIC」を制作、2008年8月27日にリリース。

2009年05月04日

ルームメイト

Story by 角森隆浩

<2>        

俺の名前は『宍戸四郎』っていうんだ。
でも宍戸は本名じゃない、いわゆる『芸名』なんだ。
実は本名は『田中四郎』っていうんだけど、なんて言うかあまりにありきたりだろ?
全然パンクっぽくないのよ。
なので東京に来てからは、芸名というより『宍戸』を本名として使ってんの。
レンタルビデオ屋とかでバレやしないかって、いつもヒヤヒヤしてるんだけどね。

なぜ『宍戸』にしたかっていうと、それには訳があってね。
ちょっと恥ずかしいからココだけの話にしといて欲しいんだけど、俺、東京に出て来たら、どうしても仲間から『シド』って呼ばれたかったんだ。
でもいくらなんでも自分から「俺のことシドって呼んで!」なんて言えないだろ?
そんな事言ったら、バイト先とかで絶対いじめられるのは目に見えてるよ。
あまりにイタすぎるだろ、そんなヤツ。

でもあきらめきれなかった。
中2の時、初めてピストルズのビデオ見た日以来、ずっと俺も仲間から「シド!シド!」って呼ばれることを夢見て来たんだ。
三つ子の魂百までっていうだろ?
実際ホントにそうでさ、俺なんか果たして自分がバンドをやりたかったのか、それとも単に『シド』って呼ばれて自己マンでニヤニヤしてたかったのか、よく判らなくなる時があるんだよね…。

そういう訳で、宍戸って名前にすれば、何となくみんなから『シド』って呼ばれるんじゃナイかなって考えた。
俺はそこに賭けたんだ。
男っていうのはね、いやパンクってものはね、それがどれだけ危険だって判っていても、ここぞって時には勝負に出なきゃイケナイものなんだ。
そして男が一度勝負に出た以上、絶対に勝たなきゃナラナイんだ。

そして俺はその勝たなきゃナラナイ勝負に出て、完璧に敗北した。
まったくもって、ものすごいボロ負けだった。
誰ひとりとして、俺のことを『シド』って呼んでくれる人などいやしなかったよ!

とにかく下の名前が『シロー』だってのがいけなかったね。
インパクトが強すぎるんだよ、シローの方が。

まず最初バイト先でいきなり『シロー、シロー!』って呼ばれたからね。

「オイ、シロー、コメ10合研いどけ!」。「シロー、このイワシ、100匹全部はらわた取っとけ!」そんな風にガンガン命令されたよ。

上京早々、マジかよっ?!て思ったね。夢破れて山河ありかと思ったね。
なんとか、みんなから『シド』って呼んでもらう方法はナイのかよ?
必死になって考えたね。
そうなんだよ、そんな方法どこにもなかったんだよ!

そのうち更に雲行きが怪しくなってきた。
厨房の何人かが、俺のことを『岸部』って呼ぶようになったんだ。

「なんだそりゃ?」って思ったよ。
俺のことじゃナイんだろ?そう思いたかったよ。
いったい全体なんなんだよ、岸部って?

アッという間に居酒屋じゅうのみんなから、俺は『岸部』と呼ばれるようになった。

バイトの女の子のも、俺の顔を見ただけでゲラゲラ笑うようになった。
タイムカードも『宍戸』って書いてあるのに、その上から太マジックで『岸部シロー』と書き直されていた。

しまいには板さんから「オイ、ルックルックこんにちは!コメ10合研いどけ!」とか言われるようになった。
さすがに『もうだめだ』と思った。
俺のことを「オイ、借金!」と呼び始める板さんも出てきた。

万事休すだった。
俺はただ人から『シド』って呼んでもらいたかっただけなのに、この小さな願いは大都会東京で1ミリたりとも叶えられる事はなかった。
いやはや、やっぱトーキョーってキビシイな!


田舎にいた時から、いつか東京に出てバンドやりたいって思ってたんだ。
それで二十歳もとっくに過ぎた頃、やっとの思いで家を飛び出して来た。
やっぱパンクは田園風景じゃなくて、大都会がハマるんだよ。
都会じゃ色々と大変なコトもあるだろうけど、それでも俺はトーキョーが好きさ。
人生色々、パンクも色々。
何が起きても感謝を忘れず、サンキュー&ファッキューなのさ!
そうだろ?


続く…



角森隆浩(ツノモリタカヒロ)
2005年、角森宅に泥酔した泊まり客が置き忘れて行ったウクレレを
ポロポロ弾く内に曲が出来始め、単身ライブハウスへの出演を始める。
2005年11月、1stソロ・ミニアルバム『角森隆浩vol.1』を、
2006年3月に『角森隆浩vol.2』をリリース。
2006年、角森が所属するバンド『ninotrinca』のスタッフだった
ともみ、舞、のんこが「キレイなムームー着てハワイアンの真似をやりたい」
という下らない動機で『ダイナミックオーシャンズ』を結成する。
既にウクレレ弾きだった角森に白羽の矢を立て招聘、
『角森隆浩&ダイナミックオーシャンズ』がスタートする。
2006、2007年、精力的にライブ活動を行う。
どこに行っても、誰と演っても、唖然とされた。
小西昭次郎(元”BL.WALTZ” ドラマー)のプロデュースにより、
オーシャンズ初アルバム「VIVA! DYNAMIC」を制作、2008年8月27日にリリース。
フォト一覧を見る
芸能人が集まる無料ブログ。スタ☆ブロでブログを開設する!

3位飯田圭織
7位菊地美香
8位Kalafina
9位増田俊樹