匿名係長・三谷拓哉シリーズ
「潮騒のカセット」

MID40世代に贈る
青春の邦楽コンピレーションアルバムとして
ソニーミュージックから
好評発売中!
 全18曲入り 2400円(税込み)

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STAGE1 Back Number
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「MELODY CALLING」 by 田村充義
バイト先のデパートで知り合った年上の女の子。
ケイタイのメロディーコールで彼女が僕に送るメッセージの意味は?
そして切ない二人の恋の行方は?

「1000億光年の彼方」 by 奥山六九
いつも通勤の電車の同じドアの前で見かける彼。
ひょんなことで始まった二人の淡い恋と突然の別れとは?

「友人28号」 by 逢谷人
匿名係長・三谷拓哉シリーズ。この短編の主人公は三谷の長男。
友達とただの知り合いの境界線ていったいなんなんだ?
考えてみよう。あなたの友人は、あなたを友人とみとめているのだろうか?

「最後の22分」 by ワダマサシ
もしもこの世があと22分間で終わってしまうとしたら、あなたは残された時をどう使うだろうか?
これは最期の時を友人と音楽を聴いて迎えた人たちの物語。

「過去との遭遇」 by 逢谷人
山手線の車内で遭遇したのは“二十歳の時の自分自身”だった。
思わず“オレ”は過去に話しかけてしまうが、その時ヤツが気づかせてくれたこととは?

「ナオミの夢」 by 逢谷人
匿名係長・三谷拓哉シリーズ。ソンポに勤めるオレは空気の読めないオトコと言われている。
言いたいヤツには、言わせておけばいいさ。だってオレにはナオミがいるんだもん。

「学校教育」 by 奥山六九
文部科学省に勤務するわたしがおおせつかったのは、新しい“教育唱歌”をつくることだった。
短い期間にそんな慣れない大役を果たす事が出来るのだろうか?そして…

「ルームメイト」 by 角森隆浩
オレはシドと呼ばれたかっただけさ。
隣に住む運命の人ナンシーなら、おれのパンクな気持ちをわかってくれるはず。
ネグラを奪われたオレはナンシーの部屋を訪ねるが…。

「潮騒のカセット(洋楽編)」 by 逢谷 人
1985年夏−オレは彼女を誘い海岸まで車を飛ばした。
とっておきの音楽を詰め込んだ“潮騒のカセット”を用意して。

「潮騒のカセット(邦楽編)」 by 逢谷 人

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読み切り短編「赤いスイートピー」一挙掲載。

2009年07月16日

潮騒のカセット(邦楽編)<4>

story by 逢谷 人

「係長と奥さんのパワーバランスって、なんか面白いですよね」愚妻が悪態をつきながら襖を閉めるや否や、桂田が小声で言った。「尻に敷かれてるようでそうでもない、み・た・い・な〜」
「薫は、あの通り開けっぴろげのあまり悩まない性格だし、オレはオレで金に全く興味のないおおらかな男じゃないか。似た者同士って言うか、ケンカしているように見えて、そこそこうまく行っているのかもな」
「半分戦争状態イコール平和状態…」熊井が意味不明の合いの手を入れビールを呷った。「中東情勢的な安定感ですね」
「お前のようなテロリストが来ると、薫は隠していた核兵器を使ってくるかもしれんがな」オレは真剣に心配していた。「まあ、MID40のベテラン夫婦にはお前らには分からん世界があるのさ」
「へえ〜。解説してくださいよ」
「まあ、ガキがそろそろ完全に手が離れるだろ。ウチも倅(せがれ)の哲哉が来年には成人だ」
「しかし子供の成長って、マジ早いっすねえ」子だくさんの熊井がわざとらしい驚き顔をつくり言った。「うっかり長く出張すると、よその子と間違えそうになります」
「お前は遠洋漁業の船乗りか。カミさんと二人きりの人生ってヤツが目の前に迫っていることを、日に日に実感するようになるのだよ」
「それって、どんな気持ちですか?」
「どうもこうもあるか。現実として受け止めるしかあるまい」オレは言った。「でも不思議なことに、決してイヤだとは思わない。むしろ、この年になると好ましい気持ちがするぜ」
「へえ。そんなもんすかね」
「それがMID40世代だ。同期で年取るに比例してカミさんに益々惚れ込んでる男がいる。超熟女趣味のヤツでな。自分の理想に近づいているんだそうだ。まあ、オレ達も熱烈とは言わないが恋愛の末結ばれたわけだし」
「なるほど。そう言えば、赤の他人が20年以上も同居してるってだけで奇跡ですよね」桂田が言った。「芸能界なら表彰ものです」
「奥様との馴れ初めを聞かせてくださいよ」小松が言った。
「ほほう。お前が人のことに興味を持つなんてなんと珍しい!じゃあ、特別に話してやろうか…」
「間違いなく、お話長くなりそうですよね。ちょっと小便に行ってきていいすか?」桂田がいつもの台詞を吐いて話しの腰を折った。
「早くしろ。ウンコは禁止する」

1987年の夏のことだった。
あの熱い季節の盛り、たしか7月の17日に石原裕次郎が亡くなった。
享年52歳だぞ、52歳!若すぎると思わん?
世界一周マラソン中の間寛平が現在59歳。
つまりまだピンピンしてていい年齢だったのだよ。 
オレは裕ちゃん世代ではないが、日本の巨星が消えたような寂しい気持ちがしたもんさ。
まあそうは言っても、世は正に中曽根長期政権下のバブルの真っ最中、なんだか日本中がおチャらけているような妙な世相の末期だった。
まあ、この年の秋にそんなバブルがパンと弾けて、以後日本は出口の見えない迷走を開始するわけだけどな。
巨星の死とバブルの崩壊。
なんだかマイケルの死んだ今年とよく似ていたかもしれないなあ。

当時流行ったのが、異業種交流的な合コン。
ソンポに入社して2年目の新人だったオレが、広告代理店務めの大学の同級生に誘われて向かったのが、料理は大したことないがムード満点という個室の和食屋だった。
オレは、男性に欠席者が出たために当日急に呼ばれた助っ人だった。
そうそう助っ人って言えば、あのころの助っ人外人選手は粒ぞろいだったなあ…。
巨人のクロマティ、阪神のバース、大洋のポンセ、阪急のブーマー、広島のランス、日ハムのブリューワ。どうだ、すごいだろ。
なに?脱線はやめて先に行け?はいはい、判りましたよ…。
フェリスの彼女に振られて以来彼女いない歴2年になろうとしていたオレは、かなり期待してこの会に参加したものさ。
5対5の“ねるとん紅鯨団”的な飲み会だったんだけど、その時オレの対角線の位置、つまり一番遠い場所に座ったのが薫だったんだ。
あの頃の薫は、ファラ・フォーセット・メジャースみたいな髪に小麦色の肌の活発な娘だったっけ。
さて、会も中盤に差し掛かった頃、この晩の幹事である友人の加藤がおもむろに立ち上がって仕切り始めたんだ。

「はいはい、皆さ〜ん!ちょっと聞いて、聞いて。はい、そこの人も注目ぅ〜」幹事・加藤は耐え難いほど軽薄な口調で言った。「フリートークでみなさん大分いい雰囲気になってきましたんで…、ここいらでそろそろ恒例の…」
「質問コーナー!第一問。“一番好きな映画”はな〜に!」
たまげたネ…オレ以外の男子全員が、リハーサルしたみたいに声をそろえて言いやがった!コイツら、いつもどんだけ合コンやってんだよ。
「それでは〇〇ちゃんから、どうぞ!」幹事・加藤は、自分がもっとも気に入った娘から手際よくいじり始めた。「もしかして、“ハチ公物語”だったりして!うひょひょ!」
「わたし、けっこう映画見るの好きな人なんですよぉ。でもぉ、わたしってぇ、あんまり怖いのとかダメじゃないですかぁ。でも時々見たくなっちゃうんですよぉ…。だから〜、恋愛物が好きなんですよぉ。なのでぇ、一番のお気に入りは“E.T”で〜〜っす!」
妙な語尾とまったく論理性を欠いた展開の発言が売りのアホ女の次に、ショート・ボブのモノトーン女が登場した。

「か、係長…」小松が不安気な顔で、オレの思い出話を中断する。「な、なんで22年前の合コンの台詞まで完璧に覚えてるんですか?まさか、この後もノーカット完全中継でそれを聞かされるんでしょうか?」
「ん?ガマンの出来ないやつだなあ。薫と初めて出会った晩のことだから憶えてんだよ!しょうがねえなあ、ダイジェスト版でお送りするから黙って聞きなさい」

「あたしって、みんなが観るような映画にはあまり興味がないタイプかな…」ブティックの店員だというモノトーン女は、黒いネイルに挟んだヴァージニアスリムをププーっとふかし、鼻でせせら笑った。「だから、タイトルを言っても、あなたたち誰も知らないかも」
「あうあうあう…。ボクは一応広告代理店に勤めてるから、詳しいよ。言ってみて、言ってみて〜」幹事・加藤がスーっと潮が引いたような場の雰囲気を和ませようと必死でフォローする。「カトちゃん、ペっ!なんちゃって〜」
「多分誰も観てないよね…。“ストレンジャー・ザン・パラダイス”…」モノトーン女は無表情な声でつぶやくように言った。「ジム・ジャームッシュ監督の中では、これがやっぱり一番好き。去年公開になった、“ダウン・バイ・ロー”もいいけどね…。心の中に色彩を想像させる荒れた質感のモノクローム画面がいいのよね…。でも、頭が悪いと、彼が何を伝えたかったのか理解らないかもね…」
オレは、シラケ鳥が実際に飛んでいるのを生まれて初めて見るような気持ちで、妙な間をとるブティック店員の能書きを口を開けて聞いていた。
「あの映画でエディー役をやったリチャード・エドソンて、確かソニック・ユースの初代ドラマーでしたよね?」大人しくワイングラスを傾けていた薫が、沈黙を破ってモノトーン女に笑顔で訊ねた。「きっと、音楽はオルタナ系がお好きなんでしょうね?」
「…」モノトーン女は突然の質問に焦ったように俯いて黙り込んだ。
「わたしには“ストレンジャー・ザン・パラダイス”って意味深に見せただけの退屈なさすらい物のコメディーにしか思えないわ」薫はどこまでも柔らかい表情で言った。「さすらい物なら、寅さんシリーズのほうがずっといいな。今年の夏の“男はつらいよ・知床慕情”もけっこうよかったですよ!」
――すっげ〜!決めた!
オレはこの瞬間に、薫という女性に「特別な気持ち」を持つようになってしまったのさ。


まだまだ続く…


:
特別な気持ちで/ブレッド&バター.......I Just Called To Say I Love You

2009年07月09日

潮騒のカセット(邦楽編)<3>

story by 逢谷 人



「先輩、もう一本ビールを頂戴してもいいですか?」
早くも興が乗ってきたのか、3Kどものピッチが異常に速くなってきやがった。
「薫ぅ〜。薫さ〜ん」オレは、別室で休憩中の妻に声をかけた。「ビール2、3本持ってきてくれ」
「物を頼むときだけ“さん付け”になるってとこが、昭和のお父さんぽいですね」熊井がつまらんポイントに食いついた。
「これがスタンダードなMID40(ミッドフォーティー)世代の生きていく術(すべ)ってもんさ」
「MID40世代?あまり聞きなれない言葉ですが…」小松が言った。
「そうか?オレが今年の流行語大賞を狙って考えたんだが、まだお前の耳には届いていなかったようだな」
「係長が流行語づくりにまで励んでいらっしゃったとは…」桂田が呆れ顔で言った。「40代の半ば、まさに係長の世代を指すわけですね?」
「その通りだ。東京オリンピックの開催された1964年頃に生まれた子供たちが、オレ達MID40世代さ。その後の高度成長期に日本と歩調を合わせるように大人となり、いま正に人間として円熟し、傾きかけた国の屋台骨を必死に支えているわけだ」
「国を?はあ、すさまじい気概をお持ちで…」
「アホ。ポーズだけだから」

「はい、ビールお待たせ」薫が安物の襖をガラっと開けた。
「そして、これが典型的なMID40女だ」オレはあごの先で薫を指した。「日本のスナック産業とダイエット産業をガチで同時に支えている」
「またつまらない能書きを。あんたは、もうビールやめなさい。痛風で明日立てなくなくなるわよ」
「先輩、痛風だったんすか?!あの中年の不摂生いましめ病、足指が痛テテテでお馴染みの?」
「ああ…。ついにそのイテテテ発作がきやがった」
「いままで、オレ達に隠してたんすか?」
「そう言うわけじゃないが、決心してカミングアウトするほどのモンでもないだろ」
「もう、ビールの飲み過ぎはヤバイっしょ!代わりに我々が当家の酒蔵を根こそぎ飲み尽くしておきますから…」熊井が言った。
「勘弁しろよ…」
「それで、尿酸数値は現在いかほどで?」小松が興味本位のニヤケ顔で訊ねた。
「9.1mg…」
「きゅうてんいち〜〜?!それは高い。屋上の給水塔ぐらい高い!専務秘書のプライドぐらい高い!」桂田が言った。「真冬のスイカぐらい高い」
「もういい…どんな例えだよ」
「食い物の節制が辛くてな…。エビ、イカ、タコ。マグロ、カツオにアジ、イワシ。赤貝、カキ、ウニ、カズノコに青柳。ほぼ寿司屋のネタケースに入ってるものはダメ」
「アンタはカッパ巻きでもくわえてなさい。おほほほほ」薫が3Kにビールを注ぎながら、サド的な表情で言った。
「肉も、レバーや内臓ホルモンは特に食っちゃだめですよ」熊井がヒワイな顔で付け足した。「これでもう、肉欲ともオサラバ〜。ヒヒヒヒ」
「ん?アンタ、外じゃあ肉欲すごいわけ?」出ていこうとした薫が、一瞬振り返った。
「ホルモン系が好きってコト!コラ熊井、カミさんの前で誤解を招くような妙な発言は慎め!」

「熊井、お前は存在しているだけで淫靡な気配が漂う男だなあ」オレは改めてこの男の下がった目じりと長い鼻の下を観察していた。「幸せな夫婦の間に入り込み家庭を崩壊させるテロリストだ」
「お褒めいただいて恐縮です」
「全然褒めてねえから」オレは気分が悪くなる前に、話をサクサク進めることにした。「さて本題に戻るぞ。つぎは熊井にしよう。彼女とのワクワクするドライブのBGM、お前なら2曲目に何を持ってくる?」
「わたくし、実は女性のクビレというものにフェチっぽく興味がございまして」
「お前ほどじゃないが興味ならオレもある。それがどうした」
「クビレのある女性ほど、歩く時に臀部が8の字を描くように見事にグラインドいたします。つまり、横峯さくらよりも上田桃子のほうがヒップのグラインドはハードになりますな。軸がブレやすくショットには良くないですが」
「どんな外来語もお前の口から飛び出すといやらしさが3倍増しだな」桂田が言った。「それが選曲とどういう関係が?」
「こっちがそれを求めてることを、相手に伝えるような曲がいいな」エロ男はマイペースで考える。
「お前のいやらしいクビレ趣味を知らせる曲なんてねえよ」
「ですから、ラテン・ビートで腰の動きを連想させるのです!」熊井は方針を決めたようだ。
「ラテンねえ。うむ、かまわんよ」
「ズバリ、ヒロミ・ゴウの“GOLDFINGER99!”」
「ア、チチ、アチってか?初めにルール言ったよな、お前らの学生の頃のオンガクを教えろと。そんな曲、まだこの世になかったろ」
「ですよね〜。ヤツが渋谷でスクランブル交差点ジャックしたのが1999年。営業であの時近くにいたんすよ、オレ」
「関係ない思い出話はいいから。で、貴様がリコメンドするラテンぽい2曲目は?」
「じゃあ、“セクシー・ユー”にしよっかな」
「また、郷ひろみかよ…。それなら、オリジナルの南佳孝の“モンロー・ウォーク”にしようぜ…いいな?決定〜!!」
「は、はい…」

「南佳孝といえば、日本のポップシーンに燦然と輝く“スローなブギにしてくれ”が有名だ」
「係長、ウンチクタイムですか?あれは角川映画がまだ華やかな頃でしたねえ」ベテラン映画青年の桂田が言った。「あれは1981年。浅野温子の透明感が好きだったなあ…」
「しかし、佳孝の本領はボッサとかラテンの中南米的なフレーバーなのだよ」
「へえ…」
「少なくともオレはそう評価している。ボサノバの弾き語りライブをどこかで見たし」オレは鼻の穴を膨らませて言った。「そう言えば、彼のデビューが1973年に行われた“はっぴいえんど”の解散コンサートだったことを知っとるか?はっぴいえんどの松本隆が佳孝のデビューアルバム“摩天楼のヒロイン”をプロデュースした縁でな」
「知りませんよ。知ってても役に立たないし」小松が夢のない発言をし、オレのウンチクの炎に油を注ぐ。
「バカたれ。貴様の襖模様の知識こそ無益だ。あの伝説の文京公会堂のライブを知っている人間じゃないと一人前の襖張り職人にはなれんぞ!」
「関係ないと思いますが…。しかもオレ、襖張り職人じゃないし」
「まあ、どんなにすごいコンサートだったか機会があったら調べてみろ。山下達郎もシュガーベイブとして出たあのコンサートがお披露目だったんだ」
「はあ…。係長はご覧になったんすか?その伝説のライブ」
「残念ながら、ふるさと枕崎で、まだランドセルをしょってた…」
「ぎゃははははは」
「よくも笑ったな!?オレは、このライブを観られなかったことがコンプレックスになっているんだぞ。もう怒った!“はっぴいえんど”の鈴木茂がその後アレンジャーとして手がけた苫小牧出身の男性シンガーソングライターは!?はい、小松答えなさい」
「知りませんけど」
「お前いま、自分の無知を棚に上げて、逆切れっぽく開き直ったろ?!」
「はい」
「はい、じゃねえよ。五十嵐浩晃に決まってじゃん!そんなことも知らんでよくもまあしゃあしゃあとソンポ勤めを…」
「はい、お待たせ〜」薫が料理の皿を持って入ってきた。「魚介類のオイスターソース炒めよ。エビ、ホタテ、イカがたっぷり!熱いうちに召し上がれ!」
「あの…、薫さん。オレの食えるもの一個もはいってないってのはどういうわけ?」


まだまだ続く…

MID40世代の、「青春勝負カセット物語」

 
モンロー・ウォーク / 南 佳孝・・・・・・・ペガサスの朝 / 五十嵐浩晃  

2009年07月04日

潮騒のカセット(邦楽編)<2>

story by 逢谷 人

オフの日のサラリーマンってのは、どうしてこうも垢抜けないのかね。
数年前、カジュアル・フライデーとかいう週末の私服出勤を奨励する妙な流行があり、わが社でも実施したことがあったが、コイツらには何の訓練にもなっていなかったようだ。
駅で待ち合わせたらしく、約束の夕方5時ぴったりに雁首並べて我が家の玄関先に立った総務課の3K、桂田・小松・熊井は、揃いも揃ってなんとも言えない配色の普段着を着ていた。
「お邪魔しま〜す」
声まで練習したように揃えてどうするのだ、冴えないアラフォーどもが。
「おお、よく来たな。まあ上がれや。しかしお前ら、なんていう格好を…」
おっと、オレもUNIQLOのジャージ姿、人様のコトをとやかく言えた義理ではなかった。

富士見ケ丘駅近くの線路端に猫の額ほどの空き地を見つけ、違法建築と疑われかねないほど敷地一杯に我が家を新築したのが、今から2年前。そのお披露目にも確か3Kを呼んだ覚えがある。
今日は、あれ以来の拙宅への招待というわけだ。
ここを新居に選んだのは、井の頭線のアマガエルのような顔の1900系といわれた緑の電車に、ある青春時代の思い出が刻まれているからなのだが、その話はまた別の機会に。

「相変わらず、いいお宅ですね」桂田が言った。「この和室に座ると、なんだか“押入れ”に帰ったようにホッとします」
「どんだけややこしい褒め方なんだよ。嫌味か?」
「いえ、そう意味じゃあ…。わたし、幼少時代に実家が床下浸水に遭いましてね。しばらくの間、押入れの上段が寝室代わりだったんですよ。ああ、あのカビ臭い家を思い出すなあ…」
「思いっ切り狭いって言ってんじゃん」
「この襖(ふすま)の柄、いいですねえ…。わざわざ色も地味にして、この部屋を慎ましい感じに見せています。主(あるじ)の贅沢を嫌う心意気が表現されていますね」表具屋のこせがれ小松が、ウンチクを使って持ち上げようとした。「これ、腰帯模様っていうんですよ」
「安っぽい襖で悪かったな。贅沢が嫌いなわけねえだろ。オレだって、出来れば金箔を分厚く貼ってお殿様気分を味わいたいっつの」
「それにしても、いいお庭だ…」最後に熊井が、せり出した縁側にくっつきそうに立つ隣家のブロック塀を見てトドメを刺した。「お手入れが大変でしょう」
「バカ野郎、ありゃ誰が見ても幅30センチの通路だ。鉢植えも置けないほど狭いのは、オレが一番知っている。ミエミエのヨイショはもうたくさんだ」

一通り強引な社交辞令が終わたころ、薫がビールとつまみを持ってやってきた。
「遠くまでようこそ。ゆっくりしていって下さいね」薫は三人の顔を順番に眺め、最期に若ハゲ男に言った。「ええと、確かあなたがカツラダさんだったわね」
「わた、わた、わたくし、小松ですから…」
「あらあら、ごめんなさい。物覚えが悪くて…」薫はクスクス笑いながら再びキッチンに引き上げていった。
「すまんな小松。あいつ右脳が発達しててさ。物事をどうしても視覚的に捉えてしまうのさ」
「お前と一緒にいると、オレまでなかなか苗字を覚えてもらえないじゃねえか」本家・桂田が、小松に妙なクレームをつける。
「あんまりいじめると、コイツかえっちゃうかも」熊井が、スルメを齧りながらモゴモゴと言った。
「いま、なんていった?“コイツかぶっちゃうかも”ってか ?ギャハハハ!」桂田がオチをつけ、若ハゲいびりはひとまず収束した。

「さてと、本日のメイン・テーマであるJポップの話でも始めるとするか」オレはCDラジカセを持ち出して、テーブルにドンと置いた。
コップに注いだビールが震動で零れた。
「今日は、そんなお題目があったんですか?」小松が不安げに言った。「知らなかった…」
「知らんでいい」オレは勝手に話を前に進め始める。「お前らアラフォー組がハナタレの中坊だったころ、オレはもう社会に出ていた…」
「それが何か?」
「その頃お前らがどんな音楽を聴いていたか白状しろ」オレは3人を順番に見た。
「白状?尋問なんすか?」桂田が言った。
「うん。ぜひ先輩として知っておきたい。若い頃聴いた音楽は、その後の人格形成に多大な影響を及ぼすからな」
「それ、まさか人事査定と関係があったりして?」熊井がたわけたことを抜かした。
「ねえよ。ただの遊びじゃねえか。落ち着け」オレはアラフォーどものユトリのなさに呆れていた。「せっかくの日曜日なんだから、仕事の愚痴の言い合いはやめて、楽しく飲もうってだけさ」
「はい」「まあ…」「ですよね」3Kは釈然としないまま、なんとなく流れで頷いた。

「では判りやすく、こういう訊ね方はどうだ?大好きな人と真夏の海辺にドライブに行くことになったとする。車の中で聴くBGMのカセットを用意するとしたら…」
3Kはあまり関心がない表情をして、ビールを飲んだりつまみのサラミを口に運んだりしていた。
「お前なら、1曲目に何を選ぶ?!」オレは、小松の輝く頭頂部にピタリと人さし指で照準を合わせ激しく問いかけた。
「オ、オ、オレっすか?」小松は突然のむちゃぶりに、動揺を隠せない。これではまるで万引きを見つかったガキだ。
「うろたえるな、平社員。なんでもいいから言ってみろ。頭に当時の思い出のメロディーを浮かべてみるんだ」オレは非行少年を更生させる生活指導員のように言った。
「わたくし…、こう見えましても、昔は毛がフサフサでした」小松は期待に応えようと口を開き始めた。「大学に入学した19歳の春に、恋をいたしまして…。鈴木さんという瞳のクリクリっとした女の子でした」
「ふんふん、それで?」メロディーをイマジネーションすることで、小松は20年前の想い出を探り始めた。これぞ“音楽の魔法”。
「名前は幸子といいました。大学の竹の会という純邦楽のサークルで知り合いました」
小松は生意気にも、遠くを見るような想い出語り独特の表情をした。まるで、故郷を懐かしむETのようだ。
「スズキサチコ。平凡な名前ですが、WINKの鈴木早智子ちゃんと同姓同名。顔だってそっくりでした」
「話半分のさらに6掛けにしたって、まあまあ可愛い子じゃないか。それで?」
「夏休みに入る直前に、お付き合いをさせていただくことになったのです」小松は完全に1989年の少年の表情になっていた。「初めてのデートは、後楽園遊園地でした。あれは…」
「はいストップ!!」
「え?ここで、止めちゃうんすか?」
小松は、いよいよこれからというサビの直前で“カ~ン”という鐘の音を聴いたのど自慢の出演者だった。
「ここで問題です。その娘とあの夏ドライブに行ったとする。1曲目に聴かせたい曲は!?」
「あわわわ。WINKの“愛が止まらない”」小松は反射的にクイズの回答者になっていた。
「なるほど…。スズキサチコが好きだったお前らしい答えだ。でも却下する」
「え?なぜっすか?」
「“CarRadio流れる、せつな過ぎるバラードが、友達のラインこわしたの〜”」オレは冒頭を歌って見せた。「ピタリとはまっているようであるが、これはお前が聴きたいだけだろ。スズキサチコに対するサービスが足りない」
「そう言えばそっすね…。彼女、WINKに似てるって言うと怒ってましたから」
「嫌な女だな。じゃあ、オレが決めてやる」
「係長が?」
「ああ。1曲目は、TUBEの“SUMMER DREAM” に決定する!」オレは解説を加えた。「19歳のスズキサチコは、まだただの内気な田舎娘に過ぎない。ドライブが始まる高揚感を彼女の初心(うぶ)な脳裏に刷り込む必要があるのだよ」
「なるほど…。彼女、四国の山奥から出てきたばかりでしたから」
「だろ?多少、先方の田舎臭さをフォローしてやらんと。“渚のカセット、好きな歌だけ詰め込んで〜”どうだ、文句ないだろ」
「ハハー…」
オレのペースにはまった小松がテーブルにひれ伏した。



まだまだ続く…

MID40世代の、「青春勝負カセット物語」


愛が止まらない/WINK........................SUMMER DREAM/TUBE