20.懺悔と決意の乾杯
あの日オレ達の目の前で起こった現実は、奇想天外を通り越し、にわかには信じがたいものだった。
言葉が不自由でその上徘徊癖がひどくそろそろ施設に入ってもらわなければと考えていた義父が、オレとその仲間たちを尻目に粗末な急造筏を悠々と操ってみせるとは。
その手並みは、あてずっぽとかマグレでは到底説明がつかない。
実際、行く手を睨みつける義父の真っ白な髪の毛が外洋の潮風にサラサラとそよぐ度に、われらの帰還への希望がどんどん膨らんでいったのだから。
4時間に渡る海洋訓練を終えコンチキ2世号を砂浜に引きずり上げたあと、オレ達3人はまるで優勝した監督を胴上げしようとする選手のように、疲れて砂浜にヘタリ込む義父の周りに群がった。「万爺、すごいじゃないですか!」
ネルソンも嬉しそうに「ワンワン!」と吠え続け義父の足元にまとわりついて離れない。
照れくさそうに笑う当のヒーローは、「あ、そっかね。てでそそそ。海はでっこりぬろろ・・縺ク縲!!」と、相変わらず何を言っているのかははっきりしないものの、まんざらでもない様子で応えた。
「本番もこの調子でお願いしますよ!」
その正面に立ち華奢な両肩を掴んで揺すると、義父はオレに頼りにされていることを喜び本当に嬉しそうに顔をほころばせた。
その笑顔を直球で浴びてしまったオレは、義父を「老いぼれ」と勝手に見なし一定以上の関心を払わなかったかつての自分を心から恥じていた。
「今まで、ごめんなさい」
思わず涙と一緒にオレの口からポロリとこぼれ出たこの言葉に、義父は首を横に振り何も言わずただ優しい笑顔を返した。
思わぬ救世主が現れ、おまけにオレにホロ苦い懺悔の機会が与えられたのはよかったのだが、2週間後に脱出を実行しようなどと言う当初の目論見がどれほど甘かったかが、初日の演習ではっきりとしてしまったのも事実だった。
一度でもサーフボードかヨットを試みた方ならお分かりだろうが、洋上で風を捕まえる技術は一朝一夕で身につくものではないのだ。
もし義父がいなかったら、リーフの外に筏を出すことさえ覚束無かったに違いない。
それにしても、来るべき本番の日に年老いた義父だけに操船を頼り切るわけにはいかない。
その日からわれわれは、天候と義父の体調が許す限り、3日に一度のペースで、焦らずに航海演習を続けることにしたのだ。
目指す方向に進むための風の読み方・掴み方、帆を張るタイミング、かじの操り方。
それら全ての動作は、少しの妥協をも許さないものだった。
結果を偶然に任せ「まあ適当に」という曖昧な判断を良しとしてきた今までの自分たちの行き当たりばったりの生き方。
それがいかに地に足の着かない物だったのかを思い知らされながら、オレ達は必死にそれを修正しようと努めた。
習うより慣れろとはよく言ったもの、見よう見まねで義父のすることを繰り返し模倣するうちに、コンチキ2世号はわれわれ3人の言うことを少しずつ聞いてくれるようになっていた。
そして、演習を通じて長老を囲んだわれわれ3人の絆も以前より確かなものに変わっていった気がする。
はっきりした大きな目標と、それに向けて積み上げるべき技術の習得への真摯な取り組み。
これこそが、ここ何十年も忘れ怠っていたこと「その物」だとオレ達はすぐに気づいたのだ。
驚いたことに、演習を始めて少し経つと、渋谷島の生活そのものにも、ピシッと張り詰めたような心地よい人間社会の規律が生まれていた。
それは多分、尊敬できる年長者が目の前にいると言う小さな事実が作り出したものなのだろう。
20回目の演習を終えたわれわれは、脱出実行の日がもう近いという手応えを感じながら、夕餉の宴卓を囲んでいた。
住み慣れた田吾作小屋の窓には、美しい上弦の月がそよそよと揺れる椰子の葉陰から時おり顔を覗かせている。
「次の新月はいつだっけ?」オレはこんがりと焼けたヤム芋を手に、おもむろに訊ねた。
「ええと…」フチフチが壁にナイフで彫った月齢表を確認し答える。「五日後ですね。昼前に間違いなく例の黒雲が現れるでしょう」
「いよいよか…」ダンボが赤銅色に日に焼けた漁師のような胸板に拳をドンとぶつけた。「段取りはすべてここに叩き込んだ。腹を括ってそろそろ旅立つとしようぜ!」
その表情が神風特攻隊の隊員を思わせるのも無理もない。
なにしろこれが最初にして最後の本航海、成功への確信は甚だ心許ない物ではあったが、やらねばならぬ気持ちが皆の心に漲っていたのだ。
しばしの沈黙の後、三人は無言で頷きあった。
「お義父さん、いままでご教授頂き、本当にありがとうございました。いよいよここを離れる日が決まりました」
「あ、そうかね。縺倥c縺ュ笶!人生ヌ邏ニ簔。わはははは!」
分かっているのかいないのか、最初の部分と最後の笑い以外は文字化けたままだったが、卓の上座に座る義父は、深いシワの間隔を更に縮めクシャっと笑って見せた。
これを師匠からの免許皆伝と理解したわれわれ弟子一同は、「万爺!」「お義父さん!」「マンジー!」「わんわん!」と喝采を上げこれに応えた。
マッコリのように白濁した貴重な椰子酒で大願祈念の乾杯をしたあと、オレは義父を背中におぶり仲間達を伴い海岸まで酔い醒ましの散歩に出かけた。
先頭を走るネルソンの後ろ姿が、月明かりの中でオレには希望への艀(はしけ)のように思えた。
万分の一、いや億分の一ほどの確率でこの島にたどり着いたであろうこの愛犬と背中の義父。
この遭難がもし神が仕組んだ壮大な罰ゲームなのだとしたら、彼らはそのルールの中でオレに贖罪のヒントを伝えに来た聖なる使者なのかもしれない。
サンゴ礁を抜ける潮風の「コー…」という歌声を聴き、真っ白な砂浜の上に輝く神々しい月明かりを見上げながら、オレは生まれて初めて自分が「脱皮」し始めているような感覚にとらわれていた。
冒険は続く…
私の友人の自然音録音家・ジョー奥田氏と写真家・高砂淳二氏とのコラボDVDより