元教え子のS君はどうしてもタレントになりたいと言った。今は町田でバイトをしながら夢をおかけている。
S君と同い年の若者たちの多くもタレントになる夢を見ている。
見ると彼らは外見を最も磨きに掛けている。
アーテイストではなくタレントを志願する。勿論演技、ヴォイストレーニングもやっているらしい。
即ち幸運の神様が現れる時に備えてちょっと芸を備えておくと言うのである。
大きい幸運の神様は中々現れない。精々子ども幸運しか現れない。しかしじっと辛抱して待つ。来ると前髪を
引っ張って乗っかる。
仮にこの子らは30歳になっても、40歳になってもこのままだったら幸せだろうかと教師として親として心配する。
しかし、彼ら曰く、心配するならいいところを紹介して頂戴と言うのである。
それも大いに運の神様と関係している。
紹介しても先方の目が向いてくれなかったら無意味である。
こちらは「すごくいい」と見ても、あちらは「これじゃあ、売れない」と思えばしょうがない。
タレントという商品とはこういうものである。あまり「買って、買って」というと「安っぽく」受け止められる場合がある。だから、芸能プロダクションの方からスカウトに出かけ、自分の色に磨きに掛けて、売り出す。
「シクラメンのかおり」などを作ったOgura kei氏は凄いである。
きちんと勤めながら、詩を書く。叔父もそうだった。芸術学校の芝居学部を作ったのは叔父やチェン・ポン氏、とホン・チュオン氏とその他の4人。芝居の教師を務めながら、詩を書く叔父、芝居のシナリオなどを書くチュオン氏、芝居を教えながら古典舞踊などもするポン氏。
見ると彼らは本当に芸術を愛する人々である。
お金にならなくても、芸を磨くという気持ちが強い。
一方今の若者は楽に暮らしたいので、有名になりたいのでというような気持ちが強い。それなら、幸運の神様の気の向いている時を待つしか方法がない。
大きな成功があれば、10代の3−4年は死にそうに忙しく働き、上々に売れなくなり、大人しくする。大きな成功がなければ、20代までは学問を身につけるて、20代から30代のはじめまでは夢を見続ける。そして40代まで辛抱する。50歳になれば体力も衰えてくる。貯金があればそろそろ真剣に生きることを考える。小さなビジネスを始め年金が出る定年退職の63歳まで細々く生きる。63歳で年金暮らしが始まり、夢を追いかけるのに丁度疲れが出てくる頃になる。
この人生は本人にとって慎重な人の人生よりいい人生かも知れない。好きなように設計して生きるからである。
サラリーマンの人生はプレタポルテーであり、どこか心地がよくない場合がある。しかし、まじめな人にとって、人生ってこういうモンなんだと思うから全てを受け入れた。
やはり小椋圭氏のように趣味があり、その趣味が本業よりも人生を豊かにし、本業をやめても趣味で生活がでるるぐらい趣味が生きている人間は本当のよい人生を持ったと思う。