2010年04月25日

オフィーリア 水の精 花の女神


Ophelia オフィーリア アンリ・ジェルベクス

ハムレット、オフィーリアについてはこちら

オフィーリア 
アーサー・ヒューズ/ジョン・エヴァレット・ミレイ
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス/フランシス・ダンビー
サー・ジョゼフ・ノエル・ペイトン/ヨゼフ・クロンハイム
リチャード・ウェストール/ジェームズ・パーカー
ジョルジュ・ジュール=ヴィクトール・クレラン
コンスタンチン・エグロビッチ マコフスキー
マドレーヌ・ルメール/ベンジャミン・ウエスト他

詩は有声の絵、絵画は無声の詩 ハムレットから

ミレイ 「オフィーリア」の音楽
ジャレッド・ジョスリンの「夢見るオフィーリア」、ジョセフ・ステラの「オフィーリア」に、音楽はミレイのオフィーリアのための「トリスティア」、ポール・バーネル「オフィーリアの最後の歌」を紹介。

モダンヌ・オフィーリア ランボーのオフェリア
ランボーの「オフェリア(オフィーリア)にマーガレット・マクドナルド、フランセス・マックネイア 、グレゴリ−・クリュードソン

ルドン オフィーリア
ミレイのオフィーリアと違って、アーサー・プリンス・セァラは、「生」の美しさを描いています。狂気というより無邪気で無能力な少女。

でも胸をはだけた姿は、まるで神話画に描かれた女神のよう。

ミレイの作品の強い印象と王妃の水の精という譬えで、あれほど花を摘み、花言葉を添えるほどのオフィーリアを「水」だけに縛ってしまってはもったいない。

画家たちは、競って彼女に花を活けます。オフィーリアを花の女神に譬えていたからです。


Ophelia オフィーリア アーサー・プリンス・スペア

うしろが川になるでしょうか。あとほんの短い時間でオフィーリアは水の精になるのですが・・・。

水は神話の世界からニンフや美しい声で歌うセイレーンをイメージしています。歌で惑わすセイレーンは「オデュッセウス」でご存知の方が多いでしょう。

イギリスは古くから水と女性を深く結びつけ、生よりも死の印象を持っていました。それは世紀末にも続き、とくにラファエロ前派は、オンディーヌ、エレーン、シャロットの姫君、そしてオフィーリアと水の上(また小舟で)で命が絶たれる題材を描いていました。

記事 「シャーロットの姫君
記事 「アストラットの百合の乙女エレイン


オフィーリア・コンプレックス
小林秀雄の「おふえりや遺文」をお読みになられた方は、思わず笑ってしまったのではないでしょうか。

「船が何処かに流れつかないうちに、死んでしまうかもわからない、それは、どちらにしてもかまわないけれど、ふと見ると、帆柱のうえから梯子を降りて来る人があります。よく見ると栗でした。」

エレーンやシャロットの姫君を象徴する「舟」を文中に織り込みながら、「オフィーリア・コンプレックス」を強調しています。


ガストン・バシュラール(Gaston Bachelard)が「水と夢 物質の想像力についての試論」で述べている「オフィーリア・コンプレックス」といわれるのが、涙が女性を象徴するように、女性的な死のイメージを象徴していることを美しく描いています。

詩的想像力の研究でも成果をあげたバシュラールはヴィーナスの誕生を「泡」ではなく「海」と捉えた発想で、ヴィーナスは「水」から生まれ、オフィーリアは「水」に帰ったという女性説のひとつ。母なる大地ではなく。

この19世紀の英国では女性が恋人に裏切られて入水自殺を図ることが多かったようです。つまり性愛の果てに捨てられるか、身ごもって捨てられた「堕ちた女」たちの行く末なんです。


オフィーリアを別に、文学にも絵画にも、英国の社会的事情で転落した人々(男女)の自殺が取り上げられています。

とりわけウォータルー・ブリッジ、嘆きの橋と呼ばれたオールド・レーン ブリッジです。ただし橋の上からの身投げは助けられることが多く、「堕ちた女」たちは女子救貧院にはいることができるのです。

本当のところ、オフィーリア・コンプレックスの流行は「美しく死ぬこと」ではなく、「救済されること」が目的だったのではないでしょうか?


バシュラールは、そうした現実の女性の入水を別に、ファンタスティックなイメージに結び付けています。

知識者や芸術家たちが賛美し、こうした風潮に結び付けていますが、実際、男性のほうが多い自殺でした。ハムレット・コンプレックスのほうがしっくりいく19世紀の英国です。


オフェリア幻想
世紀末には神話の世界では神々よりも、キルケのような妖女や、サロメが代表する破滅させるファムファタルの全盛時代に「オフィーリアの狂気」が描かれているのです。

ミレイは花々を描き込んだ流れていくオフィーリアを作品にしましたが、花言葉は彼女の人格とすぐそこにある突然の不幸を伝えています。

無駄という花言葉は無能力というように、ミレイはオフィーリアを美しく描きながら、シェイクスピアの隠された意図も含んでいました。


そしてオフィーリアを水にたとえる「オフィーリア・コンプレックス」、女性と病弱(狂気)をたとえる「オフェリア幻想」が19世紀に流行します。夏目漱石も「草枕」にて「オフェリア幻想」を那美と重ねていますよね。

「理性は男性、狂気は女性」という風潮が19世紀にありました。(案外、「理性は男性、ヒステリーは女性」なのかもしれませんよね。)

ここでいう狂気とはメランコリー(憂鬱症)ではないでしょうか。


このヴィクトリア朝の中産階級の女性たちには「サロン」もなく、また下層階級の貧しい女たちに比べて、生活の糧を得ることもなく、「暇」という余裕があったのです。

そこで社会進出ではなく、「家庭」を守るという領域に徹したわけです。つまりオフィーリアのように男性に擁護されている女性たちです。

18世紀終わりから19世紀の始め頃、女性の知識層「ブルーストッキング」のフェミニズムな思想があったものの19世紀には外の領域は男性、内の領域は女性というスタイルが定着したのです。


ヴィクトリア朝の妻や女性の病弱は男性に歓迎され、美しいうちに死んでいくということに賛美されていたのではないかと思うくらいです。

ミレイのオフィーリアのモデルをつとめたエリザベスも神経が衰弱し自殺をしています。

19世紀は精神や神経を病む女性が非常に増えて、衰弱していきます。女性と狂気、狂気とオフィーリアと結び付けれて「オフェリア幻想」と呼ばれるのです。


抑圧されたもの。たとえばオフィーリアの場合は成就しない愛ですが、19世紀の女性たちにとって抑圧の原因になったものはなんだったのでしょう。

女性の憂鬱症を貞淑の美として捉えて崇拝したのは伝統的な騎士道精神でしょうか。


花の女神フローラの象徴 オフィーリア
そして花の女神フローラは豊饒の女神であり、不妊の女性が崇拝する女神でもあり、生殖と繁殖の女神です。

ミレイの「オフィーリア」に描かれた花々はその花言葉から運命に抗えない女性、つまり一人では生きていけない女性、無能な女性を描いていますが、そのかわり男性の属性としてのオフィーリアを象徴しています。

「生殖」としての女性像がオフィーリアです。


つまり男性の視界のなかで、その生殖の崇拝とされる女性像だったんですね。

この花の女神フローラについては下記記事をご参考に、オフィーリアの象徴を確認なさってごらんくださいませ。

記事「花の女神フローラ フロラリア祭 Floralia
記事花の女神フローラ 祝祭フロラリア

アーサー・プリンス・スペアのオフィーリアは、花の女神フローラと同じように片方の乳房を隠しています。すべてを隠すことのないウェヌス(ヴィーナス)と違いますよね。


英国はルネサンスへの回帰を掲げて「ラファエル前派」が画壇で活躍しました。

ルネサンスといえばレオナルドのほかにボッティチェッリがいますよね。しばらくの間忘れられていたボッティチェッリの存在をラファエル前派が再評価したわけです。

記事 ボッティチェリ 至福の花々
記事 ボッティチェリ La Primavera 「プリマヴェーラ(春)」 ダンテの神曲説

ラファエル前派はシェイクスピア、アーサー王伝説のほかに、オデュッセイアや神話の女性を描いています。


この花の女神フローラには「サクラソウ」が神話の中で登場します。おもしろいことに、この桜草にも5月がつくんですね。ヨーロッパでは「5月の鍵」、イギリスでは「聖ペテロの草」とよんでいますが、イギリスでは弔いの花でもあります。

さてこの桜草にまつわるのはフローラの息子です。亡くなった恋人を思い、後を追うように亡くなるのです。フローラが備えたのが桜草。

シェイクスピア「ハムレット」から 愛しのオフィーリアオフィーリアは、兄レアティーズへむけて「桜草の道をお歩きにならないでね」と言い返す場面があります。英国では「享楽の道」を示すのですね。

ちなみにボッティチェリの描いた女神フローラは、オフィーリアが花を摘む姿に似てますね。
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