以下twitterから引用と追分。
それにしても昨日のタワーレコード渋谷店のガラガラ具合はすごかった。店員さんの人数も減ってる来がするし。いよいよ感ありあり。
輸入盤名盤1000円セールとか、なんか悲しい。昔の僕ならただ大喜びして買っただろうけど、今はただ悲しい。
僕が本でレビューを見て、妄想を膨らませていたアルバムを(バイトしない高校生ゆえ、金がないから)中古屋で偶然見つけて、買って帰って。電車の中でレビューを読んで、家でCDプレイヤーに入れ、その歌、和音、リズム、歌詞に心を躍らせた90年代後半。
あの頃の感動や喜びが、安売りされているような(勘違いだけど)そんな感覚。
中古でも1000円じゃ買えなかった。XTCのブラックシーは田舎のCDで小遣い貯めて買ったんだ。ジョニミッチェルの『Blue』は中古屋で見つけて、初めて聞いて衝撃で、すぐに近所の友達の家に聞かせにいったんだ。
中身は変わらない、値段だって安い方がみんな買ってくれるかもしれない。でもなんだか寂しい。
家の近くのCDショップまで、自転車でも結構距離があって、買ってから帰るまで、夕方だったら日も暮れちゃうし、それでも鞄の中に入ってるCDに胸躍らせて、夕飯とかもうかけ込んで、一人でヘッドフォンで聴いたり。
そのCDショップはほんと街のCD屋って感じで。本屋と併設だし。洋楽とか、ぜんぜん力入れてなくて。最初はスピッツのCD、シングルとか予約して買ったりもしたし、そな店でも下敷きついて来たし。でもポールマッカートニーの『フレミングパイ』はその店で買った。ビートルズの『リボルバー』も。ビーチボーイズの『ペットサウンズ』も。
思い出なんてたいしてないと思ってた。
CD屋に。
でもいっぱいあった。
あれも買った。これも買った。どんな気持ちだった。
ああ、あれ買った日、雨だった。
夕暮れだった。
間違えて買った事もあるし、特典着いて来てうれしかったこともあるし、
ポイントだってよくたまった。
使用期限切らした事もあった。
そんなCD屋が、世界中から消えてなくなる日が来るかもしれない。
初めて実感した。
でも別にCD屋に行こうよ!とも言わないし、
実際僕も行かなくなってる現状。
Amazonで買うことが多いし、便利だし。
でも、CD屋があって、買いにいって。
電車の中で待ちきれなくて空けちゃって。
レビュー読んで、期待して。
帰って聴いて喜んで。
あの感じ、忘れてた。
生活や人生の中に音楽があった。
ジョニミッチェルの『Blue』を聴いたときの、新鮮さ。それを伝えるために友達の家に持っていった休日とか。
ビーチボーイズの『Petsounds』を聴いた夜の、神秘さ。部屋の暗さとか。
ビートルズの『Abbey road』の大人びた感じとか。寝込んで布団の中でよく聴いた思い出とか。
同じくビートルズの『A hard days night』収録「I Should Have Known Better」を聴いた夕暮れの感じとか。
あのイントロのハーモニカを聴けば、すぐに夕暮れが浮かぶ。
XTCの『Nonsuch』収録「Books are burning」のギターソロを聴いて登校した高校2年のとある日の朝とか。
Yesの『Close to the edge』を聴いた高校3年の朝とか。
もっともっといろんな思い出が音楽と一緒にある。
2010年。
それでもいい音楽は生まれて、みんなの耳に届く。
配信だって構わない。
方法は何だっていいよ。
でも音楽を聴いたときの心が震える感じ、
そしてその人にとってその感情が景色とともに残っていく感じ。
それがあれば、いいと思う。
それを僕はもっと感じたい。
みんなは感じているのかもしれないし、感じてないかもしれない。
そして、そういう音楽を作れたらと思う。