| 忌野清志郎D / 「君が代」事件の裏話、わが子への思い 2006年10月13日(Fri) |
連日、CDやらDVDやら雑誌やら資料やら、
ものすごい量の所有物の整理に格闘している青木です。
『スペクトルマンDVD-BOX』の巨大な顔のフィギュアなんて
どうするべき?
いっそ新居の庭先に飾るか?
通常業務も育児もしながらなので、
ほんと、やることだらけなんだよねー。
カミさんにもご苦労さまと言いたいですわ。
あと、このコラムの「カテゴリー」ですが
(今回だと<親の背を見て子は育つ>みたいな
毎回の記事のジャンル分けですね)
各々の内容でなく、アーティストごとに分けたほうがいい?
なんてことも考えたりしています。
そっちのほうが、みなさん探しやすいかなって。
ただ、そうなると今後、カテゴリーだけで何10、
ヘタすりゃ100以上になる可能性もあるんですが……。
ご意見お寄せくださると、うれすィです。
<注記/次回分よりカテゴリーをアーティスト名で
くくるよう変更いたしました>
前回は、<メイ>さんからコメントをいただいたように
「清志郎はただ子煩悩だけじゃない」と書いて締めました。
今回は、なぜ僕がそう思ったかについてです。
ポイントになるのは、1999年の「君が代」事件です。 |
この騒動については、簡単な説明が必要でしょう。
当時の清志郎は、「君が代」をロック・バンドで
ゴリゴリのアレンジで演奏することを思いつきました。
これはジミ・ヘンドリックスのアメリカ国家の演奏に
端を発するもので、おそらく本人には
そこに政治的な意識はなかったものと思われます。
しかし、これを
所属していたポリドール(現ユニバーサル)から
CD発売しようとレコーディングしたところ、
会社側がそれを拒否。
問題が表面化し、ニュースにまでなったわけです。
発売中止の理由は
日本国家をパンク的な騒々しいバージョンで
公に出すことは世論の反感を買うと思われる……と
いったところでしょうか。
ここは僕の想像ですけどね。
音楽業界内では
「やっぱり右翼からの抗議が怖いんじゃない?」
なんて噂がかけめぐっておりました。
そして、どうしてもこの「君が代」を発売したかった清志郎は
同曲を収めたアルバム『冬の十字架』の発売元を
インディーに移すことにしたわけです。
 冬の十字架 - アーティスト: 忌野清志郎,三宅伸治
- 出版社/メーカー: UK.PROJECT
- 発売日: 1999/09/22
- メディア: CD
忌野清志郎LittleScreamingRevie『冬の十字架』
ふたりのお子さんもコーラスで参加しています
ご存じのとおり清志郎には、RC時代の88年にも
原発など社会問題を唄ったアルバム『カバーズ』の発売を
東芝EMI(親会社が原発を造っている)から拒否され、
かつて所属したキティ(これまた現ユニバーサル)から
出す羽目になった、なんて事件がありました。
しかし「君が代」の時は騒動の質がまた違った模様。
これまた、昨春の僕のインタビューで、
清志郎は
「<またか>っていう感じだったんですけど……」と
前置きしながら、こう語ってくれています。
「『カバーズ』ん時は
周りのスタッフが全員僕の味方をしたのに、
<君が代>の時はみんな引いてるっていうか。
右翼とかにビビっちゃってんの。
でもうれしかったのは近所のタバコ屋とか
魚屋のオッサンが応援してくれたんですよ。
『何かあったら俺が駆けつける!』って(笑)」
そして……実はここからは雑誌のスペースの都合で
カットしたんだけど、彼はこんなふうにも話してくれたのだ。
「もう、ひとりぼっちですよ、僕なんか。
みんな事なかれ主義の奴ばっかりでさ。
『これを出したら、右翼がタッペイくんが行ってる
学校にまで行って大変なことになる』とか、
そういうシミュレーションをしてるわけ(笑)。
でもね、たとえそうだとしても、
ここで引いてしまってボツにするのは
後の人生ですごく後悔すると思ったの。
もう構わんと。
『そういう親父なんだから、しょうがない』と(笑)。
『もしタッペイくんにそういうことがあっても
タッペイくんの運命なんだ』って
(スタッフを)説得したのを覚えてますよ(笑)」
この部分。
のちのち、僕には
相当にすごい発言ではないか……と思えてきたのである。
ロック・ミュージシャンが
自分の主張や生き方を貫き通すのは
当たり前のことのようなイメージがある。
しかしこれは、口で言うのは簡単だけど、
実際はものすごく大変なことだと思う。
しかもそれがひとりならまだしも、家族の生活も抱えながら
その筋を通していくのは、ハード極まりないことだ。
もしあなたが
営利優先主義の会社で働いているのであれば、
少しでも儲かるほうへ、
おいしい話に食いつくのが当然だろう。
そのおかげで会社は潤うし、自分の評価は上がり、
給料も上がり、そして家族は豊かな生活ができる。
しかし往々にしてロック・ミュージシャンは
その逆をファンから求められることが多い。
音楽がポップに、わかりやすくなると、
より多くの人に売ろうとすると迎合したと、
セル・アウトした、日和ったと言われてしまうのだ。
だけど僕は思う。
あいつは迎合した、日和ったと難クセをつけるあなたは、
じゃあ、
どんだけ日和ってない人生を歩んでるんですか?と。
主義主張を貫くしんどさを
どこまでわかって言ってるの?って。
「こっちは金払ってる立場だからいいじゃん」って
反論する?
それは違うよ。
他人に勝手な理想や夢を押しつけるばっかりは卑怯だよ。
あなたが自分自身に立ち返った時どうなんですか?
自分にとって誠実なところで、
自分にとって誠実だと思える仕事、ほんとにしてますか?
そういう生き方してますか?
という話になってくるはずだよ。
そう思うと、「誰々は迎合しやがった」とか正面切って
言える人なんて、ホントごくごく一部にしかいないはずだ。
この時の清志郎の立場を想像するのは、
誰しも難しいと思う。
ただ、アーティストとして
自分の作品を世に問いたいというプライドと、
それが子ども(とその周囲の人たち)の平穏な生活を
脅かすかもしれないという危険が
背中合わせになっていることを感じながら、
それでも「それが息子の運命なんだ」と言い切れるのは
ほんとにすごいことだと思わないか?
親の判断、一挙手一投足は、その都度家族に……
子どものミルク代とか教育費とかにも反映されていく。
僕だって、こんなこと、身勝手するのが楽だった
ひとり身の時には考えもしなかった。
その立場は、誰しも、決して軽いものじゃない。
「君が代」事件のその後を追うと……
実際のところ、右翼のみなさんがあのバージョンを
どう解釈したのかは知らないけれども、
ただ、何か騒ぎが起こったという話は聞かなかった。
それどころか
当時の野中官房長官(日の丸・君が代推進派)は
こうした演奏の「君が代」を
容認する趣旨の発言をしたほど。
結局、この騒動は周囲の取り越し苦労に終わったのだ。
僕が清志郎のことを、
単に子煩悩なパパじゃないと思うのは、
この時に聞いた話が大きい。
そしてさっきの言葉からは、子どもにどれだけ自分の背中を
見せていけるか……という意志も感じた。
そう、背中。生き方、考え方。
親のそういったものを、子どもはつねに見ている。
「こんなこと、していいんだな」とか
「あんな姿にはなりたくないな」とか。
それをどう捉え、どう消化していくかは
子どもの側の問題になってくるのだ。
まあ「世の中こういうもんなんだ!」って
押し付けたがる親もいるかもしれないけど。
それもひとつの育て方だよね。
あなた自身もきっとそうでしょう?
親の影響、絶対にあるよ。
笑えるほど似てる気質、尊敬できるところ。
マネしたくないところ、考えたくもないほど嫌いな性格。
それらが素直に受け継がれることも、
逆に反動で引き受けられないこともあるだろう。
血を引いた親、育ててくれた人間の影は
何かしらの形で必ずその子に宿っていく。
自分が親になってから、
たまにそんなことを考えるようになった。
<親はなくとも子は育つ>とは言うけどね。
<親の背を見て子は育つ>とも言えるのではないかと。
今回の清志郎の件。
このコラムの読者のみなさんには、
ぜひ伝えておきたかったことでした。
次回は……
コーネリアスのことがいいかな。
(了) |
| Posted at 10:07
| 忌野清志郎 さすがのR&Rパパ
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Posted by:NO NAME at 2012年01月15日(Sun) 14:41
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Posted by:わたる(tohoku人) at 2011年12月26日(Mon) 20:13
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Posted by:アイコ at 2006年10月14日(Sat) 14:29
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今朝、たまたま、君が代訴訟の記事が新聞に載っていて、忌野清志郎さんの君が代騒動について調べていたら、素晴らしいブログを見つけました。
こんな裏話があったのですね…
いい話をありがとうございました。