ヒットプロデューサーであり、東京事変のベーシストとしても活躍する亀田誠治氏が、制作現場で起きる問題点や出来事を、鋭くも温かな視点で分析する、短期集中連載コラム。

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体験!携帯ダウンロードミュージック(後編)圧縮音源の昔と今(最終回) 
CDにはCD用のマスタリング、配信には配信用のマスタリングを

 前回、「携帯電話ダウンロードミュージック」を初体験した亀田ですが、今回はその続編。「ダウンロードミュージックの浸透が、我々の制作現場にどのような影響をもたらしているか?」という命題に体当たりレポートデス。
 ご存知の通りダウンロードミュージックはMP3に代表される「圧縮」されたファイルが音源となっています。一体どれくらいのダウンサイジングが行われているかというと、CDクオリティーのAIFFやWAVといった「非圧縮ファイル=44.1khz/16bit」に比べて、約10分の1、もしくはそれ以下のサイズに圧縮されています。例えばCDをパソコンでリッピングしてMP3化したものと聴き比べると、その音質の差は歴然!圧縮したものは、どうしても音が「ごちゃごちゃした感じ」「遠い感じ」に聴こえてしまいます。特にアーティストは“耳の良い”人が多いから、「配信音源の音質に馴染めない!」なんて配信アレルギーを起こしてしまいがち…。
 でも、大丈夫!この音質の格差は、配信用のマスタリングを施すことによってほとんど気にならないレベルに留めることが可能になっています。例えばU2やシェリル・クロウ、アヴリル・ラヴィーン、ブラック・アイド・ピーズといった、洋楽の大物アーティスト達は、配信用音源には圧縮を前提としたマスタリングを行っているので、CDで聴くものとダウンロードで聴くものの音質の差は殆ど感じられません。中には、配信音源のプレゼンス(存在感)がCD音源のそれを凌ぐほどの作品も出てきています。これらのアーティストがナウなヤングにウケる秘密は意外とこんなところにあるのかも知れません。
 というわけで現状では、CDにはCD用のマスタリングを、配信には配信用のマスタリングの両方を行うのがベストチョイスと思われます。ちなみに僕のプロダクツは、「できることならば配信用のマスタリングもさせてください」というお話をさせてもらっています。これは制作費との兼ね合いもあるので、根気よく毎回「ご相談」という形で実践しています。

アーティストの息づかいを直接感じるヘッドフォン世代

 この「マスタリング大作戦」は言い換えると、マスタリングという最終行程で理想の音に“追っつける”わけですから、あくまでも対症療法に過ぎません。しかし考えてもみてください。25年前にCDが登場したときも「CDはアナログ盤に比べて“温かみにかける”とか “音がイタい”などと盛んに議論されたものです。それを何年もかけて改良に改良を重ねてここまできたわけですから、2006年の我々も諦めてはいけません。今こそ「良くなることを前提」に技術と感覚の両方を磨き上げ、ソフトとハードの双方向の改良をもってして「理想の音」を実現していくべきなのではないでしょうか?
 一方で、iPodの普及や携帯電話の音楽プレイヤー化に伴って、多くのリスナーがヘッドフォン(イヤフォン)で音楽を聴いているという事実を見逃してはいけません。これは言い換えれば、アーティストとリスナーの間に“密室の一対一の関係”が生まれているということです。通勤途中で聴くお気に入りの音楽。そんな時、視覚(目)から入ってくる情報は、車窓に映る疲れた自分の顔、世知辛い情報に溢れた吊り広告etc…。そう、誰もが孤独を噛み締めているものです。だからこそ、耳から飛び込んでくるヘッドフォンの中では「あなたに出会えてよかった」よりも「あなたに出会えて、生きる意味が見つかった」まで言ってほしいもの。つまりこれからの作品には、今まで以上に歌詞のパーソナル性とリアリティーが要求されるということです。
 また、ヘッドフォンジェネレーションは今までとは違った回路で音楽を感じています。ラジカセやコンポのスピーカーから「空気を伝わって聴く」音楽ではなく、骨伝導と鼓膜から「振動を感じる」音楽へのシフトが生まれているのです。その結果「緻密で繊細なアレンジの妙よりも、一発のキックの重みの方に威力がある」なんていう職人泣かせの“音の下克上”が日々勃発しているのです。

僕らは今まで通り「いい音」と「いい演奏」をレコーディングするだけ

 日々のレコーディングスタジオの実作業において、「配信を前提」にできることは“何も無い”というのが現状です。ラジカセ、イヤフォン、カーステレオ…、ミックスダウンの時にあらゆるソースで周到にバランスをチェックしても、リスナーがお好みのEQをiPodにかましていたらゲームセット!
 というわけで、僕らは今まで通り「いい音」と「いい演奏」をレコーディングするだけです。ボーカルの息づかい、ピアノのペダルを踏む音、ギターの弦の擦れる音…、スタジオでは隅々まで聴こえるこれらの音を、電車の中、雑踏の中で周囲のノイズにかき消されること無く再生するのは大変困難なことです。だからといって切り捨てることのできない音楽の真実。
 いつの日か、完璧(に近い)な圧縮方法が開発されて、完璧(に近い)ヘッドフォンが生き生きとした音を再生してくれる日が来ることを夢みて、今日もスタジオで悪戦苦闘の亀田君です。
Posted at 00:39 | この記事のURL | Clip!!

亀田 誠治プロフィール
1964年、N.Y.生まれ。幼少の頃よりクラシックギター、ピアノなどを学び14才でベースを弾き始める。88年頃より、アレンジャー・プロデューサーとしての活動を始める。最近では椎名林檎、スピッツ、平井堅、Do As Infinity、クラムボン、PUFFY、175R、スガシカオ、平原綾香、山嵐等のアーティストのプロデュース&アレンジを手がける。それぞれのアーティストの長所を引き出す「いいとこどり」が得意。ビートルズと太宰治と赤塚不二夫をこよなく愛す42才。
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