行ってきました。
ライブをすると知ったのは今年1月。チケットは争奪戦必至。案の定、ことごとくPG関連では落選。しかたなく、ネットオークションで手に入れることに。なんとか良心的な出品者からほぼ定価でチケットを購入。
こうして13年ぶりに小沢健二のライブへ行けることとなった。
春になり、そろそろ小沢健二を聴いて気持ちを高めておくほうがいいのでは、と思うようになってきたが、10年ぶりのサニーデイサービス新譜や山田稔明新譜のおかげでなかなか聴く時間がなかった。
こうなるとむしろ白紙の状態で臨んだほうがいいのではと思い始め、広島より先にあった会場のブログも一切見ないことにした。
そしてライブ当日を迎えた。
結論から言うと、まだ、うまく言えない。
手放しで「よかった」、と言えない。
この感情をうまく言葉にできない。
見れたことは「よかった」。うん、それは間違いない。でも、心から楽しめたのかというと、そうではない。
客電が消え、真っ暗な中、観客が歓声とともに立ち上がっていくのが気配でわかった。でも、私はまだ立ち上がる気にはなれなかった。のっけからハイテンションの観客を尻目にとてつもなく醒めた目で見ている自分がいた。
いや、感動していた。1曲目、暗闇の中で始まった「流れ星ビバップ」。待ち続けた歌声が聞こえてきた瞬間、涙が溢れてきた。本当に小沢健二のライブに来ているんだ、という感動。
暗闇のまま、曲が終わった。そして朗読。ニューヨークの停電のお話。この話を聞いていると、ひょっとしてこのまま全編暗闇のままで進んでいくのではないのかと思った。あの小沢健二ならあり得る。でもそれも小沢健二らしくておもしろい。そう思った。
そして暗闇のまま2曲目。目を閉じて聴いた。サビでようやく客電が点いた。
遠くてよく見えなかったけれど、少し老けた小沢健二がそこにいた。さらさらヘアをセンター分けにして、時折、なよなよした手つきで掻き上げる。右肩寄りに斜めに首をかしげる仕草、相変わらずの痩せ型。あぁ、すべてが懐かしい。
ライブはヒット曲と朗読の繰り返し。「LIFE」やその周辺の曲が流れると歓声が沸き上がり、熱唱となるけれど、「犬キャラ」や後期の曲になると会場が穏やかになる。
「ラブリー」のイントロが流れた瞬間、会場から大歓声があがった。それに戸惑う私。
「みんながお待ちかねのこの曲は1時間後にやります」
うわぁ、小沢健二っぽい演出。と思うより先に、「みんなラブリーが一番聴きたいの?」という疑問が浮かんだ。いや、確かに好きだよ、この曲も。でも私はこの日一番聴きたかったのは「さよならなんて云えないよ」だった。
やはりここに来ている大半の人はアルバム「LIFE」が好きで、ヘイ!ヘイ!ヘイ!なんかに頻繁に出ていたころのオザケンが好きなんだ、と感じた。
私はフリッパーズが好きで、その流れで小沢健二のソロも追っていた。フリッパーズが好きと言ってもまわりで知っている人は皆無だったし、ソロデビューした当初も誰も周りで知っている人はいなかった。徐々にテレビに出だして、あのキャラが定着し、なんとなくアイドル的扱いになってきたころ、周りでもオザケンファンが増えてきた。
小沢健二が好きだというと「へぇ、ああいう色白王子みたいなのが好きなんだ」という男子たち。見た目じゃないって!と言いたいけれど、正直、フリッパーズ初見の頃からルックスもタイプだったので否めない。でも、それ以上に歌が好きだということをわかってほしかった。
私はあんだけオザケンが人気者だったときでも「オザケン」と呼んだことはなかった。私にとって小沢健二は「小沢くん」なのだ。どうでもいいこだわりだけど。「小沢くんと小山田くん」なのだ。もっとどうでもいいけれど。
ライブではそれなりに楽しまなきゃという気持ちも沸いてきて、立ち上がって一緒に踊ったりしてみた。懐かしい振り付けもやった。楽しかった。でも、もう一人の冷静な自分が常にいた。埋まらない何かがあった。
それは13年間のブランクについて触れようともしないMCや、この曲聴けてうれしいでしょ、と言わんばかりのヒット曲の連続。時折、「犬キャラ」の曲や新曲を交えはすれど、盛り上がって当然だよね、だって、みんな僕のこと待ってたんだもんね、という雰囲気が悲しかった。
ライブ後、今日の記念にと物販に並んではみたけれど、Tシャツは売り切れ。本は買う気になれなかった。その日こそは興奮していたけれど、今思えばそれはライブの内容に感動したわけでなく、小沢健二のライブに行った、という感動だったように思う。
現に、後日友達からどうだった?と訊かれてもうまく言葉がでなかった。「よかったよ」とは言ってみても、もうそれ以上は語りたくなかったし、語れなかった。
先日、山田稔明のライブにいった。山田くんも小沢健二ライブに行き、感想がいまだ言えないでいるひとりだった。「僕が女性で、音楽関係の仕事をしていなかったら、もっと純粋に楽しめたと思う」と言った。そんなことないって思った。私は女性で、音楽関係の仕事もしていないけれど、純粋に楽しめはしなかった。終演後それを山田くんに伝えると、「方々で絶賛されているけれど、あれは大してファンじゃない人が言っている意見なのかもね。思い入れが強いファンは絶賛なんてしてないんじゃないのかな。」みたいなことを言われ、妙に納得できた。
思い入れが強い。うん、そうだ。私もフリッパーズを聞き始めた高校1年の頃からの思い入れがあり、山田くんも英語詞で歌っていたのに、小沢健二の「犬キャラ」と出会い、日本語詞に目覚め、その後音楽に多大な影響を与えられたという思い入れがある。
じゃあ、どんなライブだったら納得できたのか。もちろんそれはわからない。
きっと、ちゃんとした感想は一生語れない気がする。
ずっと、このままうやむやな消化しきれない感情を抱いたまま過ごしていくんだと思う。
それが、こたえなのかもしれない。