2009年08月30日

1980年代のスタープレーヤーの一人

 ロン・カーター、エディー・ゴメス、アンソニー・ジャクソン、
ルイス・ジョンソン、スタンリー・クラーク、ニールス・ペデルセン。

ジャズ・セッション・ベーシストの面々。

彼等の個性はジャズファンを魅了し、音楽の懐の深さをも表現して
いる。

ベーシストの中でも強烈な印象を残した有名人に、ジャコ・パスト
リアスがいた。

ウェザー・リポートでの彼の演奏は、かつてのミラスロフの陰を薄く
してしまうくらいセンセーショナルだった。

エレべでしか演奏しなかったが、彼のテクは当時最高だった。
フレットレス・エレクトリック・ベースの第一人者。

チョッパーも使わず、ピッチカートを駆使しまるでベーシストが
3人も4人もいる様な錯覚さへおこしてしまうフレーズ。

秀逸なのはなんと言ってもアルバムNight PassageのPort of Entry。
名古屋公演での1曲。

その時の聴衆の興奮が録音を通して伝わってくる。

彼のソロ・アルバムはその実力を溢れんばかりに披露され、
これも素晴らしいアルバム。作曲家としてもTeen Town、
Barbary Coast、等を残している。

奇行の記録も残し、若くして亡くなってしまった。
晩年の彼はそれを承知しているかのように、精神の充実している
一時に数々の作品を残しているかのようだった。

彼をモチーフにした作品は、パット・メセニーやマーカス・ミラー
かのマイルスもAmandlaで追悼の1曲をのこしている。

生前彼は単車YAMAHAのSRを愛車にしていた時期があったとか。

とにかく個性的なミュージシャンの一人だった。

2009年08月13日

jazzの帝王マイルスのサウンドは今尚新鮮、最先端。

コルトレーンはプレーヤー、マイルスはスタイリストなどと

言われた頃もありましたが、そのエンタティナー性はそれ程

優れていた事の証明でしょう。


晩年の彼はうつむき加減の状態が多かった。

それでも彼が産み出すサウンドは魅力的で、常に先を走って

いた。


ビッチェス・ブリューは本当に驚かされたアルバムだったが、

彼の創造性はそこで止むことなく、死ぬまで続いた。


後進の発掘にも優れた手腕を示し、Jazzへの貢献度は今尚

ピカイチ。


未だ聞き飽きない彼の音は神の領域かもしれない。

2009年08月02日

ジョージ・ベンソン

 ギターフリークなら彼の名を知らぬ人は先ずいないかもしれな

い。メジャーなプレーヤーです。


彼が有名になったきっかけはなんと言っても、本人のギター

スケールとユニゾンでスキャットした彼独特のハーモニー

なのです。


当方もうかなりの過去のお話になるのですが、大阪のブルーノート

で彼のライブに行った事があります。


当時は既に、イバニーズがベンソンモデルを開発していましたので

勿論彼はそれを手にしていたのです。


それにしてもフレットを滑るような運指、鼻歌でも歌うかのような

見事なユニソンのスキャットは顕在で、本当に素晴らしいひと時で

あったのです。


技を驚嘆させるだけではなく、聴く人を愉しませ酔わせるパワーは

さすが超一級なのでした。


正しくエンターテイナーなベンソンでした。

2009年07月15日

熱いエナジー、溢れる情感、ロック

8ビート。

エレクトリック。

ドラム。

雄叫び。

汗。

へヴィー&メタル。

ロック&ロールです。


過激でアナーキーでフリーダム。

メッセージは基本、溢れる生命感。


ブルースが産み出した一つの音楽。

ロックほど個性的で著名なミュージシャンを輩出した音楽は

ないでしょう。

2009年06月28日

ブルース

日本ではブルースの女王といえば淡谷のり子。

「窓を開ければ、港が見える。・・・」このフレーズはメロディー

と相まって、我々世代以上の人々なら死ぬまで忘れられない声

なのです。


ブルースは大人の世界。

色気づく年頃の憧れの世界でもあったのです。


ブルースの発祥は勿論米国。

そもそも強制労働に否応なく誘拐・監禁・売買されてきた

アフリカ大陸の住民が産み出した音楽ですね。


ブルースはゴスペルやジャズをも生み出した生命力・創造力の

ある音楽です。


こと国内においては音楽を嗜好する人には、クラシック系・ジャズ

系(民謡・フォルクローレ・シャンソンをマイノリティーとして

あえて無視すれば)に大きく二分されます。

(ボサ・ノーヴァ、サンバ、ロック、レゲーは多分にジャズ系に

属し、カンツォーネ、ヨーデルは民謡に属すると仮定します。)


マッ、それ程にブルースは大航海以後、アフリカ民謡を土台にした

人類が産み出した増殖する音楽の最たるものでしょう。


これにはクラシック系も一目置かざるを得ないのです。

何しろ金を産む音楽だからですね。


無味乾燥した言い方をすれば、ブルースは一つのフォームです。

A B C 形式で曲想が変る音楽はブルース形などとも言われて

おります。


つまり、事ほど左様に音楽の中にはブルースが浸蝕している

のですね。


暗い過去が産み出した、未来に望みを抱き、ある時には

ニヒリスティックに、ある時は雄叫びのように、また

ある時は悲しく寂しく、奏で歌われたブルース。

正しくソウルフル以外の何物でもないのは当然かも

しれません。

2009年06月13日

音楽の歴史の一端。

 音楽は人間の本能が創り出した芸ではありますが。例えば、人は先ずリズムを体感した事でしょうね。

その次に、メロディー。最後にハーモニーだと思うのです。メロディーは例えば鳥のさえずり。ハーモニーは複数の音源から創造した心地よさの感覚。

そのような自然的原初的なものから想像を膨らませて音楽は成長していった。その様に感じるのです。それらの事は感じであって、学問でも何でもありません。音楽とは初めにリズムありき。なのだと思います。メロディーやハーモニーは後から付随したと。

 話はかわって、中国は春秋戦国時代。今から溯ること約2,500年ほど前。孔子が六経(りっけい)の中に楽を儒学の教義として確立しました。儒学とは、誤解をおそれず簡単・端的に言ってしまえば中華思想の礼。

つまり華夷(かい)、中心であり礼を知りノーブルな世界である華と、周囲にあり非礼で野蛮な世界である夷。という世界の考え方のノーブルなる礼を話題にした書と考える事ができます。

それは、国家たるもの音楽をたしなむことが大切、と言わんがばかりの書であったろうと想像するのです。人が人たる所以の音楽を定義したのではないのでしょうか。音楽にはその様な歴史があった。つまり政(まつりごと)に音楽はつきものだった。

生命活動にとって、それほど生産的価値の認められない音楽はむしろ感情のなせる業が、理性なる政にそれを付加させ、威厳と荘厳を表現する材料として用いられたのでしょう。

それは今でも、国歌やあらゆるセレモニーなどでも音楽は使用され、物理的侵略や防衛に望む組織の中にさへも楽団が存在するように勇気や誇り、追悼や喜びの表現としても使用されています。

もっとフランクに考えればBGMは無くてもいいかもしれませんが、ないとつまらない、寂しい感じもするのですね。

音楽は感情の賜物です。ソウルなのですね。なんら生産性や生きていく上でその必要性を考えた場合、無駄にも思える音楽は本当はそんな事では片付けられない大切な人類の宝の一つなのかもしれませんね。




2009年05月30日

My favorite.

 音楽は芸の一つ。

芸は様々。

例えば武芸、話芸、手芸、園芸、等々。

芸術はノーブルでアカデミックな範疇として最高学府にまでその分
野は教養として位置づけされてもおりますが、

実際のところ、


職人芸なのです。


職人とは一芸以上に秀でた、その道の達人であり、生業として生き
ていける技術の持ち主。プロフェッショナル。玄人。

よって、最高学府を優秀な成績を修めて卒業できたとしても、
その人にタレントがないと、話にならないのですね。

芸が奥が深いという事は、師弟による継承があることからも、単な
るアカデミックな内容ではないことは当然と言えば当然。

つまり芸を身に付けるということは、脳ミソ以外にも使わなければ
ならない五感を研ぎ澄ませる訓練が必要になってくる。

だから、そこに脚を突っ込んだからには、そして技術を身に付ける
ためには、それを好きにならないと難しいことになります。

タレント性が伸びにくくなるからです。

さて音楽。

職人としての技術だけではどうにもならない芸のひとつです。

学校で優秀な成績を修めたって、それで飯を食うことが出来る
どうかは、別問題になって参ります。

そんな厳しい世界を渡り歩き名を馳せ、多くのファンを楽しませる
タレントを持っている方々は、

必ずその芸に愛着があるはずです。


だからこそ人を感動させ得る。


技術もさる事ながら、感情に訴える、ソウルに響くタレントを
持っている玄人。

天才としか言いようがないでしょう。


ソウルも大切。そして技術も大切。
これを両立させて、しかも多くの人の心を引き寄せるものを
持っている玄人音楽は私の好きな音楽です。




Posted at 19:59| 芸術 | この記事のURL | コメント(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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