2011年07月28日

マイ ヒストリー1

1965年(昭和40年)3月15日月曜日生まれ

福岡市南区大字(向かいのでも可)東町(上町でも可)961−1
鶴の湯2階

これが当時の住所

1977年昭和52年の2月まで住んでいた

今は道路が走ってる

父は盲目でマッサージ師を営んでた

母は片目が見えず、みえる方の目もどこまでみえていたのか
自分にはわからない
耳も片方聞こえない

2つ下に妹がいる

一家4人の家族構成

3,4軒隣に九州芸術工科大学 通称芸工大がある

今は九州大学に吸収されたそうな(洒落じゃないからね)

通ってた幼稚園は清星幼稚園http://www5.ocn.ne.jp/~seisei/index.htm


バスの送迎で2年間通った

小学校は福岡市立玉川小学校http://www.fuku-c.ed.jp/schoolhp/eltamaga/


6年間通った

この頃が一番楽しかったな〜

中1の3学期の途中まで通ってた
福岡市立春吉中学校http://www.fuku-c.ed.jp/schoolhp/jhharuyo/



3年間通いたかったな〜

この頃を思い出しながら少しだけ
書き込んでいきたいと思います


住んでいた家は下がお風呂屋でその2階に住んでいた

建物から向かって左端に2階へ上がるドアがあり
開けて入ると2階へ続くかいだんがあった

間取りは8疊・4畳半・6疊も3つで
上がってすぐのところが8疊の部屋があった

そこを治療室に使ってた

寝台が2つ並んでいて俺が小学生の2年の頃まで

入れ代わり立ち代わりで若いお兄さんやお姉さんが

住み込みで一緒に父のもとで働いていた

俺が覚えているのは5人

だいたい二人づついた



あー、あの頃が懐かしいな〜

続きはまた(・ω・`*)ネー 

Zzz…(*´?`*)。o○

2010年01月08日

洋楽続き


「戦場のメリー・クリスマス」の公開時

学校行事の1つで観に行った

スクリーンにデヴィッド・ボウイーが出てきた瞬間

俺は強烈に惹かれた

洋楽は聴いてなくても

ラジオよく聴いていたので

そこそこには曲や名前ぐらいは知っていた

「いつか洋楽聴くようになったら、この人の
アルバム集めるんだろうな〜」と思ったのを思い出し

D・ボウイーを集めだす

ただ、その頃RCAの国内版は全て廃盤で

店頭にある限り

結構集めるのに苦労した

出来るだけCDで

なければLPで新品・中古問わず

見つけたら買うようにした

だいたい輸入版のCDで半分

「国内は廃盤でも海外はまだ廃盤じゃないよ」

とタワーレコードを教えてもらい

それでもCDは困難でレコードの方が

揃っておりLPで半分といったところ

取り合えずD・ボウイーが落ち着くと

ほかも聴きたくなる

まずはボウイー繋がりで

ベルベット アンダーグランド&ニコ
「ベルベッド アンダーグランド&ニコ」

ベルベット アンダーグランド
「ホワイトライト ホワイトヒート」

ルー・リード
「トランスフォーマー」

ニコ
「チェルシーガール」

など

後はもうかつてラジオで聞いた

曲やアーティスト

この当時ビデオクリップが流行っていて

TVで知ったアーテストなど

キッス

ローロングストーンズ

アイアンメイデン

ビートルズ

デビッド リー ロス

ヴァン ヘイレン

イギーポップ

エイミーグラント

ブリジット バルドー

フィオナ(フランガン)

デビー ギブソン

ボブディラン

クリーム

ザ・フー

ビリー・ジョエル

トーキング・ヘッズ

ブライアン・イーノ

フランスギャル

マーク・ボラン

など

中でも1番買うのに苦労したのが

元ボウイーのそばでギター弾いてた

ミック・ロンソン

イアン・ハンター&ミック・ロンソンの

アルバム「YUI ORTA/一匹狼」

から始るのだが

このアルバムが出た頃

ロンソンは癌に犯されてた

衝撃的なニュースだ

やはりこの頃

ニコが自転車にぶつかり

死ぬというニュースもこの頃だ

そんなショックな事が立て続きに起こった



ロンソンのアルバムは

上京して「プレイ・ドントウォーリー」

間にラストアルバム「ハル」を挟み

「プレイ」購入後役1年後やっと

「10番街の殺人者」入手

いずれも中古でどちらも5800円だったと思う

「10番街」をやっと手に入れた頃

この2枚のアルバムがやっとCDで発売された

2010年01月07日

洋楽

自分が洋楽にハマッたのは遅く

21歳の終わりごろ

その頃買ったパイオニアのミニコン

「プライベートPRO1」

それまで使っていたテクニクスの

システムコンポが壊れたので買い換えたのだ

初のCDシステムだったが

そこ頃聞きたい音楽は全てレコードで

持ってたので改めてCDで買ってまで

聞きたいものが無かった

それに何より高かったしね

1枚3500円から3800円の時代

しかしせっかくのシステム

CD無いと寂しい・・・

そこで思い出したのが

ピンクフロイドの「ザ・ウォール」

アニメの撮影所時代誰かがこの映画版の

レーザーを持ってきて休憩時間に見たもの

これが結構印象に強く残ってて

このCDを買った

サントラやノリで買ったジンギスカンの

シングル2枚(「ジンギスカン」「モスクワ」)

を除けば本当の意味で

初”洋楽だ!(赤)ビックリ!

ここから自分の洋楽暦が始まったルンルン♪




当時2枚組みで5000円(確か)した

つづきは後ほどハート


2009年07月29日

アニメ撮影日記その3

ひさびさ・・・

撮影会社に入ってたずさわった作品

「めぞん一刻」
・五代のばーちゃんが上京してきた話から
キャラデザインが高田明美先生に変わったところまで
5話〜32話

「北斗の拳」
・リュウガが登場するところから
雲のジュウザ対ラオウのところまで
72話94話

「剛Q超児イッキマン」
・これは入ったときにちょうどはじまった作品
1話〜26話丸々2クール
初めて見たアフレコ用の線撮(線撮り)がこれ
この後もう1クール延長が決定!(赤)
でも俺はここまで

「めぞん一刻」以外は他の撮影会社と1話置き
以上がTVシリーズのレギュラー作品

ところで
1クールとは13回の放送、もしくは13話の
ひとくぎりの目安てきなカウントの呼び名
回か話数かは作品による
例えば「うる星やつら」は13話で1クール
でも大体は1回の放送で数える
13回放送で1クールのカウント
13回3ヶ月 26回6ヶ月 39回9ヶ月 52回12ヶ月


OVA
当時はまだこのオリジナルビデオアニメは
まだはじまったばかり

「コールミート・ナイト」
・たしか16禁のバンダイの作品

「傷追い人」
・池上遼一先生の作品
当時ビックコミック・スピリッツに連載中の作品
上記同様16禁
バンダイ

「ガルフォース」
・アートミック・AICの作品
シリーズ一番最初のやつだ!(赤)
あまりキョーミ無いので憶えてる

「アイ・シティ」
・板橋しゅうほう先生の作品
当時スーパーアクションに連載
セル画の色彩がとにかく派手で記憶に
残った作品

「湘南爆走族」
・徳間ジャパン
吉田聡先生の作品
今はなき少年KING連載
原作は今だ読んだことはないが
タイトルと作品のストーリーは知っていた
それほど人気名のある作品
俺は「ちょっとヨロシク!」しか知らない
おもしろかった!(赤)ペロッ

イレギュラー作品
本来ここの会社で撮る作品ではなく
制作時間の都合上はいってきた作品

「プロジェクトA子」
・すでに映画が公開されてたのに
なぜかまだ数カット撮影が続いてた
なんでも途中で差し替えるとか言ってた

「Bugってハニー」
・一度も見たことの無い作品
何話かわからず?(赤)

「風立ちぬ」
・『青春アニメ全集』のひとつ
堀辰雄先生の小説をアニメにしたもの

「ゲゲゲの鬼太郎」第3部
・ユメコが出てたころの作品
話数は覚えてないがすごいミスしたのは
憶えてる泣き笑い
本編は撮影し直したが予告はそのまま
今はもう直したのだろうか?(赤)

「忍者戦士飛影」
・最終回が飛び込んできた
合体シーンで透過光のマスクを
1枚出し間違えたウェーン
撮影終了後3,4時間後もうTVで
放送してた、早っ!(赤)ビックリ!

「マシンロボ クロノスの大逆襲」
・普通合体変形シーンはバンクカットといって
撮り置きしたのを毎回使い回すのだが
この作品は毎回撮り直してた
と教えられた
俺はカット袋しか見てない
ちなみにこの裏の番組は「北斗の拳」

国内の作品は大体このぐらい
ここの会社は海外との合作が多い

それはまたこの次!(赤)ルンルン♪

当時よりむしろ今のほうが有名な作品があるぞ!!

2009年05月22日

「琥珀色の日々」ぼやき?(ノ∀`*)ペチョン

犬(NG)犬恐怖症犬(おじぎ)
小学校2年生の頃 犬に噛まれた
その犬はよく知った犬で まさか
噛まれるとは思わなかった

その日多分その犬はたまたま気が立って
いたのだろう
いきなり左腕に噛み付いてきた
多分5分ぐらいは噛み付いて離さなかったと
思う 
近所の人が助けてくれた

それ以来俺は犬恐怖症になった
犬恐怖症になるとホント小さな犬すら
怖いのだ

小学5年のある日俺は思った
もう一度噛まれたら犬恐怖症が
治るかな?と

で今日まで来てる

ササルハート初恋小さいキラキラがたくさん(黄色)
小学5年の頃 クラスに好きな女の子がいた

ある日たまたまその子の家に行くことになり
オセロなんかをして過ごした
その時その子の母親が出してくれたのは
ミルクティーだった

初めて飲むミルクティー

ミルクティーは俺の 初恋 の味





2009年05月13日

撮影日記その2  改訂

前回の記入ミスなどもふくめての書き直し



撮影日記その2

撮影所初日は見学オンリー

2日目からさつえい台に着く

最初についた台はfix・フィクス(べた撮り)のみの
専用台
まあ、スーパーはOKだが

カメラワ−クが一切無いfix専用台
アニメの撮影台には既製品が無くすべて特注で作っ
てもらうとのこと
一つの台ですべてのカメラワークができるのをそろえ
るとかなりお金が掛かるし、カットすべてがカメラワーク
を必要とするわけでもないので、必要に応じて
使い分けられればいい

で自分が最初に着いたのがfix専用台
確かアフレコ用の線撮りだったと思う
カメラマンが撮ってるのをそばで見ていた

ちなみにカメラワークとは

フィクス・fix
セル画のみをタイムシートの指示に従って、変えてゆく
作業、セル変え 

フォロー・follow
カメラは固定で被写体がカメラフレーム内で動き回ること  
被写体がカメラ内に入ってくるとフォロー・イン、
逆にでるのはフォロー・アウト 
カメラワークにすでに被写体の一部が入っててそこから
カットがはじまるのはインぎみ、
完全に消える前にカットが終わるのはアウトぎみという

パン・pan
被写体は動かず、カメラのみを動かす撮影  
たぶん一般的によく聞く技法  
パンアップとかパンダウンなどカメラを下から上に
上から下に、カメラを近づけたり
離したりしながら撮影すること

フォローパン・follopan
上記二つを組み合わせた撮影 
カメラも動かすし被写体も動く  
他にBG(バックグランド・背景)などを動かしながらの
撮影などをを付けパン 

「北斗の拳」でかケンシロウが技を繰り出す時、バックに
流れるイメージBGを流パンともいう
て言うかそう呼んでいた

透過光
ポケモン事件よりなりを潜めたやつ
光を取り込んだ技法
「スターウォーズ」のライト・サーベルなんかはこれ

ダブラシ
OL・オーバーラップとはこの技法の一つ

スーパー
バラエティー番組によくある、文字が入ったりする
やつなどだいたいそんな感じのやつ

ゴンドラ撮影
この撮影法を使うと画に立体感が生まれる
セル画を一定感覚にセッテングして、ピントをずらしながら
撮影する
昔日テレでやってた立体アニメーション「家なき子」が
この技法で撮影された
全篇かどうかは自分は見てなかったのでわからないが

ワイプ
一つの絵をのこしたまま別の絵と入れ替える

などがある

上記がだいたいふだんTVや映画をみていてアニメ、
実写などでよく目にするカメラワークだと思う

もう少しくわしく知りたい、または興味があるかたは
専門誌または撮影関係の本をどうぞ

ちなみに宮崎監督の絵コンテ集の巻末ふろくに
書き記してあるので参考に

ただしいずれにしても、実際ある程度でも
撮影を知っていないとわからないと、うーん、
理解しづらいと思う

で、アフレコ用の線撮りの見学から
始まった・・・・・・・



つづく

2009年05月02日

アニメ撮影記その1

某撮影所での日々

入って初日に習ったこと

・暗室でのフイルムの入れ替え 
 普通暗室と言えば赤いランプがついているのだがなぜか真っ暗闇の中でやらされた。
 勘と器用さでこれは難なくクリアした。

・フイルムの装填
 カメラ本体に暗室で詰めたケース・フイルムマガジを装填するのだが、ただ装填させるだけなら簡単なのだが、カメラ内の小さ な埃をパフを 使いながら取り除きながら装填しなければならない。
 かなり神経を使う、てゆうか使わなければいけない。特にレンズやレンズまわりは細心の注意が必要。
 ここで手を抜くと折角時間をかけて撮影したフイルムが無駄になる。
 レンズに埃がついてるとまんま埃も一緒に撮影してしまうことになる。
 俺のときはかろうじてその手のミスは無かった。

・撮影台の清掃及びセッテング
 セル画を押さえるガラスをきれいに拭いたり、照度計を使ってカメラフレイム内の光の当たり所が、均一になる 様に調節す る。
 台の左右から光を当てるわけだが、時として左右の電球に明かりの差が出ることがある。
 見た目ではもちろんわからないが、フイルムにきざまれるとその差がかなり違ってわかる。
 長く使っていれば電球の寿命も短くなるし、両方同時に切れるこちもあまりない。
 だいたいどちらか片方が先に切れる。
 自分がいたところは100Wの電球を確か95Wに抑えて使ってた。
 100Wまんまだと寿命がみじかくなるからだ、と説明をうけた。 
 それでももって約24時間前後か。

・ロールナンバーの撮影
 使うフイルムの頭にナンバーを入れとかないと、このフイルムでどのカットを撮影したのかわからなくなる。
 ついでに装填の段階で光にあたってしまったフイルムを送ることも兼ねている。
 だいたいコマ数にして15から20コマぐらい。
 フイルムはメインが16ミリ・1秒24コマ TVは普通こちら 
 たまに35ミリ・1秒18コマ 映画がこのサイズ

ちょっと細かい部分が抜けてるような気もするが、まあ思い出話と言う事で。
俺は撮影のイロハも知らずにぶっつけ本番でこの仕事をやり始めた。
でもここまではいい。ここまでは、ねっ。

でカメラマンがチェックしてOKならばいよいよ撮影だー!

つづく


2009年04月13日

24年前、日本サンライズにて


   今回は思い出話を1つ。(/∀\*)キャ)


二十歳の時の国際アニメーション研究所に通ってた頃、
就職活動で学校とは別に自分で日本サンライズ(現サンライズ)に申し込んで、
会社説明会に行った。

高田馬場から西武新宿線に乗り上井草で降り北口(でいいのかな?)を出て
左ちょいななめの方向のビルにサンライズがあるビルがあり、ドアには森口博子の
「水の星より愛をこめて」のポスターが貼っていた。
この頃ちょうどTVに主役のタイトルメカ‘Zガンダム’が登場し、主題歌もこれに変わったそんな時代。


説明会は1日に4回か5回にわけて一グループ10数人ずつでおこなわれていた。
本当なら着いてすぐ会議室に案内されるはずなのだが、前のグループの時間が長引いてて、
終わるまで2階事務所のほうで待たされることになった。
本来なら入るはずもない事務所の中、ある意味まさにラッキー!

中は割りと広く、でもデスクがところどころ配置され、誰が作ったかガンプラがあちらこちらに
飾ってある!!ほかにガンダム系のおもちゃやサンライズ作品の色んな玩具類や本、雑誌
が所狭しと置いてあった。
そのせいか広いと思うのだが、狭くも感じた。

その当時安彦良和先生のマンガ「アリオン」の映画の製作中でもあり、どのデスクにも大判
3巻、またはコミック5巻が置いてあった。

俺はただただ見とれるばかりで、表向きは冷静でも気持ちはむちゃくちゃ舞い上がってた。
多分10分ぐらい待たされて、3階だったか、4階だったか、会議室へと案内された。
会議室には入ってすぐ右側にガンプラのパッケージがおしこまれたケースがあり、左側には
同じくパッケージとサンライズの作品を録画したビデオテープとビデオソフトが棚の中に入っていた。

この頃はまだビデオソフトが出始めた頃であり、パッケージソフトも「ダーティペア・ノーランディ
アの謎」と数本しかなかった。

説明会の内容はもうあまり覚えてないが、スタジオは都内に七つだったかな?あり、内一つ
がなぜか使われていない、とかそんな事を言ってた。(後に「ガオガオガー」で使ったんじゃなかったけ)

おれは演出家志望で多分ほかのみんなもそうだったと思う。
で、もし会社に入ったら「自分は演出家志望」だと言う事を回りにアピールしながら仕事をす
るようにと言っていた。確か。でないとまわりのものはこいつが何をやりたくてここで仕事して
るのかわかってもらえない、と言ってた。
でないと1年間制作進行だけで終わることになる。

  そう、最初は制作進行から始まるのだ!(◎皿◎)ナンデスト!!

制作進行とは、アニメーターの仕上げたセルのはいったカット袋を、撮影所にもっていったり、
撮影後のカット袋の回収、撮影し終えたフィルムを現像所に出しに行ったり、正に雑用の仕
事だ。でも名前はTVのテロップに載せて貰える。ただ、全部かどうかはわららないが。
少なくとも映画なら載るんじゃないかな?

  現像所は3つあり、
東映
東現(東京現像所・フジフィルム)
イマジカ(コダック)
東現は「名探偵コナン」の舞台にも使われた、唯一編集スタジオがあるので有名。

  今もこのとうりかどうかはわからないが。

この業界は全部が全部そういうとこではないのだが、サンライズは1年ごとの契約更新制。
一応2年までは特に問題なければ更新する。でないとまた1から新人に教え込むのは時間
の無駄だと言ってたような気がする。ただし中には例外もいて長く制作進行をやってる人も
いる様なこともいってた。

  アニメーターは役者だとも言っていた。

タレント税の説明もしてた。

給料は15万、その中から10%つまり1万5千円のみ引かせてもらう、と言う説明もしてた。
今もタレント税が収入の10%かどうかは知らないが、当時実際撮影スタジオに勤めたころは、
サンライズと同じ15万で1万5千円のみ引かれてた。

いろいろ説明していたが今覚えてることといえばこのくらいか。
そうそう、仕事の流れを説明する時タバコの箱をしきりに動かしながら話してたのが、一番
印象的だった。
ちなみに入社条件は車の免許を持ってること。

俺はもっていなかったので教習所に通ったが間に合わずあきらめた。
学校に相談して「演出家希望ならば撮影を知っておいたほうがいい」ということで、
撮影会社に入れてもらった。

あー懐かしい・・・・・┌|≧∇≦|┘゙





フォト一覧を見る
芸能人が集まる無料ブログ。スタ☆ブロでブログを開設する!

3位飯田圭織
7位菊地美香
8位Kalafina
9位増田俊樹