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2009年05月29日

こんな事あるんだなぁ〜と思った時

618 :おさかなくわえた名無しさん :2005/10/26(水) 13:49:09 ID:32Gq+IV8

道に500円が落ちてるのを見つけて小走りに拾いに行って、
かがんだ瞬間空から男の子が落ちてきた。
俺の背中にボトっ→俺ぐちゃっ→どちらも無傷でした

ベランダから落ちたんだってさ。男の子のカアチャンに泣きながら感謝された
「いや、まぁ間に合って良かったですよ!」とかいって格好良く去ったけど、
手の中の500円玉は、ギターか何かの銀色ピックでした

なんでこれを500円玉だ!と思ったのか不思議ってくらいに、ただのピックでした

なんか卑しい性格を利用されたような気がするけど、奇跡だと思ってるんだけど・・・・



735 :おさかなくわえた名無しさん :2005/11/10(木) 00:52:37 ID:iS8vNhW/

私には12才年上の兄がいる。若げの至りっぽい感じで18才でケコン。
奥さんも同じ年で我が家に同居。すごく優しい人で実の妹のように
可愛がってくれて毎日が楽しかった。
だけどドキュな兄の浮気のせいで1年後にリコン。
ある日学校から帰ったらお姉さんの荷物は無く、寂しさに泣いた。

月日は流れドキュ兄は再婚、大人になった私はブティックで働いていた。
ある日購入を決めたお客さまをレジに案内し、クレジットカードにサインを頂いた。
書かれた名前を見て、私は思わず あ…!!と叫んでしまった。
するとそのお客さまは私の顔と、カードの係員欄に書かれた私の名前を見て
同じく あ…!!! と。そして手を取り合ってふたりで泣いた。

最後の別れから20年後の出来事。兄には言わなかった。



860 :おさかなくわえた名無しさん :2005/12/01(木) 19:48:41 ID:eAWMGRsb

小学生の頃いきなり夢に双子の妹が出てきた。
1人っ子だったんだけど、子供ながらに何か確信みたいなものがあって
母に聞いてみたらめちゃくちゃ泣かれた。
どうしても探したくて、自分で書いたポスター(妹を探しています、みたいなやつ)を電柱や民家のドアに張りまくりさらに泣かれた。
小さい村で生まれたから噂は一気に広まり広報の人が家にまで来る始末。 とんでもない事をしてしまったと気づき泣きながら謝ったけどすでに遅く、根も葉もない変な噂がたってしまい引っ越す事になった。

それから何となく母と折り合いが悪くなり、高校を卒業してすぐ家を出た。
そしたらバイト先(ファミレス)で妹に再会。見た瞬間分かった。向こうも私の夢を見ていたらしくずっと探してくれていた。

二人で手を繋いで母の元へ帰った。
色んな事情があって片方を養子に出さなきゃならなかったと聞き、これから三人で楽しくやっていこうと笑い泣きしながら話した1ヶ月後、母が死んだ。

私達は仲良くやってます。
あの頃問い詰めてり恥をかかせたり、苦労かけて本当にごめんなさい。



937 :おさかなくわえた名無しさん :2005/12/14(水) 12:22:55 ID:Amxz8cas

去年の新潟の地震で、俺の親が新潟出身だから叔父に安否情報を出したんだ。だが夜とかに1chanで見ても名前など出ては来なかった
数も膨大な量だから諦めていた時
月曜がオフだから朝10時くらいにボーと起きて来て4のヨン様のドラマを見ていたんだ。
マジな話 この後の事は記憶にないんだが、ふとリモコンで3に回したみたいなんだよ そうしたら5秒くらいたってから俺の親の名前が呼ばれていてびっくりした!
マジに奇跡だと思った 何故あの時普段見ない3に回したのか 記憶もないし シャーマンみたいに身体を媒介にされたみたいだった。 俺は子供の頃 霊を見ているから体質なのかと思った。今はもう霊は見れないけど
あまりの事で涙が出ていたな 俺の祖父や祖母などが力を貸してくれたんだろうかと思ったらね。



195 :おさかなくわえた名無しさん :05/03/08 15:18:00 ID:e0MCmRHP

病院での親子3人の会話は
「来年桜が咲く頃、和は小学生になるんだよ」

妻は来年の桜が見れそうも無い。
セミの鳴く帰り道、家の近くの公園で
俺と息子は夏に咲く桜の木を見た。満開だ。

わかってる。
あの時は疲れていたし、暑さで幻をみたのだろう。
それでも翌日、息子と一緒に病室の妻へ「夏にも桜が咲くんだね」
って興奮気味に話しをした。
妻は「夏に桜が咲くぐらいだもの、来年の桜だって簡単に見れちゃう」
笑って答えてくれた。

夏に桜が咲くのが奇跡なら
低血圧な妻に代わって、息子の弁当を作る俺の今の生活も奇跡

ってゆーか誰だよ!あの公園の木に悪戯した奴!
それともホントに奇跡か?やっぱり幻か?

今となってはどちらでもよい。ただ感謝感謝。

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2009年05月26日

忘れられないSEX

104 名前: 奥さん、名無しです 投稿日: 2000/09/20(水) 20:01


学生の時の彼女と別れた日の事はたまに思い出す。卒業式の後の日曜日の事。

元々彼女に告白されて始まった付き合いだったので、いつも自分の方が精神的に
優位に立っていて良いんだという勘違いが、当時の俺にあった。また、以前に
経験した我儘な女性との付き合い方に疲れていた事もあり、俺に対して奉仕的な
までに優しく接してくれる彼女に甘え、時にぞんざいに扱ったりしてた。彼女が
電話をくれても面倒ですぐ切ったり、友人達の前ではわざと冷たい態度をしたり、
セックスで無理な行為を強要したり・・・
彼女が困ったりするのを見て楽しんでた。(いやな性格だ・・)
でも彼女は俺に会うといつも嬉しそうにしてくれたんだ。

長女で一人っ子の彼女は卒業したら実家に戻るという親との約束で東京の学校に
来てた。実家は結構良家で、将来婿養子をもらうのも暗黙の了解らしい。俺も
長男だし、そんな事より就職先の配属先が全国のどこになるかわからない状況
だったので、自然と、別れようという話に。割り切った気分で、配属先にいい女
いるかな〜、なんて考えてた。

いよいよ彼女が仙台の実家へ帰る日になり、上野駅まで見送りに行ったんだけど
その日も食事しながらドライに「何年位したら見合いすんの?」なんて聞いてた。

その時彼女が寂しそうに「きっと、もう会えないね・・」って言ったんだ。

え・・もう、会えないのか?そりゃ会えないよな・・一生?多分・・会え・・
急に頭の中がグルグルしてきて、心臓がバクバク鳴り出した。時計を見ると
出発まであと一時間しか無い!

急に彼女の事が一番大切な事に気付き、どうしても抱きたくなった。全身で
ブルブル震えながら彼女の手を引いて、ホテルに。「今まで冷たくして
ごめんな!」など言いながら、ギリギリの気持ちで抱きあった。その時も彼女は
新幹線に遅れて迷惑な筈なのにいつものように嬉しそうにしてくれた。
本当に、ずっとこのままでいたい、と思った。

結局俺の配属先は名古屋で、二度と会うことはありませんでした。
2年後に彼女から「結婚しました」の葉書をもらいました。
今でも上野に行くとよみがえってくる思い出です。



203 名前: シャドウ 投稿日: 2000/09/27(水) 18:21


もう10年も前の話だけど・・・。
1年の期限付きで海外出張をした。
新しい人間関係が新鮮で、長年つき合ってた彼女への連絡も忘れがち。
仕事場では金髪美女との火の出るようなアバンチュールもあり、竜宮城の浦島太郎状態だった。
何食わぬ顔で帰国したら彼女が「好きな人が出来たから別れて」と言う。
「終わるときはあっさりしたもんだな」と思いながら
さめた気持ちで砂をかむような最後のセックスをした。
その後俺は地方支社の管理職として栄転し、彼女からは時々近況を知らせる手紙が来た。
「もう別れたんだから連絡するな!」と電話し、彼女は「ゴメン」と誤った。
やがて彼女から地元の資産家へ嫁いだ事を知らせる葉書が届いたが、
「カネにころんだ汚い女だ」と軽蔑しただけだった。
それから1年、引っ越しの荷物整理で彼女からの手紙を読み直し、
便せんに涙の後が沢山付いていることに初めて気づいた。
共通の知人に「何考えてんだろうな」と笑いながら話したら、
「おまえの海外出張中、あの子の父親に末期癌がみつかり、医療費で借金がかさんだ。
親の面倒を見るために、転勤族のおまえとは結婚できなかったんだよ」と聞かされた。
その話を裏付けるように、彼女の父親が死亡した。
俺は手紙を抱きしめて泣いた。

Posted at 19:02 | この記事のURL | コメント(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オヤジとサシで・・・

155 名前:呑んべぇさん 投稿日:2001/07/05(木) 21:44

酒板ってあるんだ。はじめまして。

親父が俺がガキの頃からずっと
「お前が二十歳になったら一緒に飲むのが夢や」って
言ってて、子供心にうんうん聞いてたもんだ。
「その日のために練習や」と言って
中二くらいから頻繁に居酒屋に連れてかれてたけど。

今年初めて自分の力で金を稼ぎ、
その金で親父に生まれて初めて酒を奢った。
あんまり顔には出さなかったけどやっぱり喜んでたと思う。
頭悪い親父だけどあんたの事は結構好きだよ。

いつか腕相撲あんたに勝ってみせるからな。




167 名前:呑んべぇさん 投稿日:2001/07/06(金) 16:58

大学4年の6月、2年ぶりに帰省したときはじめて親父と酒を飲んだ。
十代の頃、親父嫌いで随分とわだかまりがあったが、離れて暮らしてたのと年月のせいか思いもよらず楽しい酒だった。
そして東京へ戻った1週間後の夜中、親父が倒れたと連絡があった。
朝一番の飛行機でかえったが、親父はすでに重体でそのまま意識を取り戻さずにしんでしまった。
そして今日、7月6日は親父の命日だったりする。
供養代わりに書き込みさせてもらいました。
あれから7年、この日だけはささいな事でもいまだに泣いてしまう。




172 名前:呑んべぇさん 投稿日:2001/07/07(土) 11:02

19の時、彼との結婚を大反対されて、駆け落ち同然で家を出ました。
孫の顔も見せない音信不通のまま5年がたち、今年の春先に母から父が死んだと連絡が。
5年ぶりの父はすでに小さな箱の中でした。
親不孝したなぁ、と思っている所に、母がワインを持って来ました。
「これ、お父さんがお前が生まれた時に買ったんだってさ。お父さんの友達が、ワインセラーに預かってたんだって。お前が成人したら一緒に飲むのが夢だったんだって。」
それは、私が生まれた年のワインでした。
父の入った小さな箱と、差し向かいで飲みました。気がつくと私は
「ごめんね、ごめんね」
と、繰り返しながら号泣していました。

今もこれ書きながら、涙が止まりません。
ごめんね、お父さん。

嗚咽

407 名前:_ 投稿日:02/03/15 00:52 ID:Poev7mYM

「○○おにいさん、こんにちは。
 僕のお母さんが、今度○○おにいさんのお父さんと結婚するので、
 僕と○○おにいさんはきょうだいになることになりました。
 僕はお父さんができることと同じくらい、自分におにいさんができるのが
 とてもうれしいです。」

俺のおふくろは、俺が18のときに親父が迎えた後妻だが、
メス犬だった前のおふくろではなく、本当のお袋だと思ってる。
結婚が決まってから、初めて俺はおふくろと新しい弟に会った。
半ズボンにブレザー、緊張した9歳の坊主から俺はこの手紙をもらった。

俺も一人っ子で、本当は嬉しかったのに照れくさかったから、
かなり無愛想にその手紙を受け取った。
だけど新しい弟に会ったのはそれが最初で最後になった。
弟はそれからすぐ事故で死んだ。

俺は何でもしてやるつもりだった。
中学に入って生意気になってきたらエロ本をくれてやるつもりだった。
学校でいじめられたら、仲間連れてお礼参りしてやるつもりだった。
タバコをおぼえ始めたらぶん殴って兄貴風吹かして叱り付けるつもりだった。
単車だって、俺のお古をくれてやって兄弟で走りに行くつもりだった。
「おにいちゃん」から「兄貴」に変わる年頃になったら、
そして彼女ができたら、からかってやるつもりだった。
弟の部屋にのこのこ現れて、バカやって二人の邪魔をする。
「ふざけんなよ兄貴ぃ!」なんて言われたらとっくみ合いの喧嘩をして、
おふくろが止めに入って、二人してどやされる、そんな光景を夢に見てた。

葬式では、おふくろよりも俺の方が激しく泣いた。
友達が心配するくらいに狼狽して、一人で立っていられないくらいに。
タイムマシンがあったら、ほんの一週間前の自分にあって
胸ぐら掴んでやりたいくらいに後悔した。
もっと優しくしてやればよかった。どんな想いで手紙を書いて、
どんなに緊張して俺に手紙を渡したんだろうに。

俺は弟の代わりにおふくろを大事にしている。
この人こそが俺のおふくろだと思ってる。
「俺のおふくろを粗末にすんじゃねえぞ兄貴」
「わかってらぁ!るっせえよヴォケ!!」
弟とのそんなやりとりを、今でも空想しながらおふくろに接してる。
生きていたら、俺の弟は今年の春、大学に入学していたはずだ。
たった一回しか会わなかったが俺には弟がいた。



163 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/01/18 16:15 ID:83FjFR72

娘が6歳で死んだ。
ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。
直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。

別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく
機械的に葬式をすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。
とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて、
とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお♪と歌っていたっけ。

ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。

Posted at 19:01| 嗚咽 | この記事のURL | コメント(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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