すべてのものが人間にとって万能になり、命すらもロボットという形で生み出すことが出来るようになっている時代がATOMの未来社会です。
映画「ターミネーター」ではロボットが人間を抹殺しようとしますが、ATOMの世界ではロボットは人間に使える存在です。
いわばATOMは人間に支配されているロボットでしか生きることが許されない、ある意味ではディストピアである未来社会なのです。
一見、とても明るいストーリーの中には、幾分、現代社会への批判も込められていると言ってもいい映画がATOMなのです。
こうした未来社会を想定しているATOMがアメリカで生み出されたのは、初の黒人大統領が登場した時代だからこそなのではないでしょうか。
「支配する世界」に対してのアンチテーゼを、このロボット映画の中で繰り返し行い、「それは違う」とメッセージを発しているのがATOMかもしれません。
豊かなはずの未来社会というものが、ATOMのような存在にとっては決して豊かではない、という事実はストーリーになかに生きてくるのです。
ATOMは人間に逆らうことはできない弱い存在でありながら、人間のために戦うという運命に流されていくところに悲劇があるのです。
ATOMにとって未来社会は地獄めぐりのようなものなのですが、そこを明るく生き抜いていくところにだけ希望を見出すことが出来るようです。
もちろん映画の中ではこのような未来社会への疑問をATOMには語らせていないようではあるのですが、ストーリー展開から伝わってくるようです。
ATOMはロボットについて厳しい未来社会に生まれおち、そこからまた自分を作った父親にどん底に捨てられる哀れな息子でもあります。
この未来社会が豊かなように見えても、実は荒んだ世界であるという部分を背負わされるのがATOMです。
人間が勝手に生命を作り出している未来社会の中で「それは幸せなことなのか」を問いかける存在が、いわばATOMなのです。