伝統とは古くから伝えられて来ているもの。
では何が受け継がれて来ているかというと、それは表面的な技術や方法などではなく精神。
魂とも呼べるものです。
技術や方法は時代が変われば変化するものです。
また、そうでなければならない。
変化が無ければ、それは既に死んだもの。
止まった水は腐っていくだけです。
僕らは現代に生きながら古くから伝わって来たものを学び、変化させて行かなければならない。
そうでなければ護身など出来るはずもありません。
では、絶えず変化していく時代の中で僕らが本当に学び伝えて行かなければならないものは何かというと、それが精神です。
時代が変わり人が変わっても決して変わらないもの。
全ての根底を貫く本質。
逆に言えば、それこそが流派を越えて武術の根底を貫くものとも言えるかも知れません。
それが無ければ「武術」ではない。
それが無ければ現代で武術を学ぶ意味も無い。
武術は格闘技ではないのだから。
ですが、それを理解し学ぶものも少ない。
必要か必要でないかに関わらず、それは学ばなければならない。
それも武術の大切な要素だから。
武術とは単なる技術ではない。
最近の人たちは武術を格闘技として見ている節がありますが、それは現代式に脚色された武術です。
正確には武術は護身術であり健身法です。
ただ、護身や健身の意味が日本の感覚とは違うだけ。
武術とは生活の仕方そのものと言えます。
だから、単なる技術や動きの側面のみを見て学ぼうとしても、決して身につける事はできない。
何のために何をするのか。
本当に大事なのは、その考え方や物事の捉え方を学ぶ事です。
その表現の一形態が武術の技術や動きに反映されているものです。
全ての動作は心から起こす。
心を学んでいないものが正しい動作など出来るはずもありません。