今回初めて気づいた(なんでも遅っ)けど、
『オリ☆スタ』って、今までオリコン・スタイルの略だと思ってた。
でも。
ONLY★STAR (オンリー・スター)の略だったんだねー
知ってた?
ちゃんと表紙に書いてある。
はぁ・・・確かにオンリー・スターだけどもさ、僕らにとっての光一は
雑誌の表紙ひとつでも、きちんと見てない自分に、ちょっと呆れたよ。
BOOK in BOOK。 うう、あまりにも写真が麗しい。
Textも熱い。
毎年のように進化を続けている“SHOCK”だが、今年は格別。日本最高峰のエンタテインメントはここから、我々の想像を遥かに超えたレベルへと進んでいくことになるだろう。
凄いね、ここまで書かせる舞台って。
舞台写真を見てて、『Higher』のシーンのタンクトップに書いてある文字が「Transform」と読み取れるんだけど。
「変形」「変容」であり「(人柄や性質・外見を)一変させる」意味で使われる言葉に、象徴性を感じる。
ステージでは文字は読み取れず、白いシャツにしか見えないんだけれども。
よみがえった自分自身の変身(変容)を意味しているのか、ウチや仲間を変身(変容)させることを意味しているのか・・・両方なのかもしれない。
白いシャツをあらわにして、その場で着替えるシーンになってることを思うと、ここで「変わるんだ」という意味づけなのかとも深読みできる。
衣装の細かいところまで見させてもらえるのが、舞台写真のありがたいところ。
気づかなかったことが見えてくる。
高みをめざして、自分を変えるんだ!!というメッセージが込められている気がして、あのシーンがより強く迫ってくるようだ。
こうして見てみると、SHOCKでの光一(コウイチ)の色は、金と赤と白と黒なんだ、とわかる(笑)
コウイチの色としては、確かにそうなんだろうな〜と納得。
赤・白・黒といっても、必ず金や銀の刺繍やらキラキラつきなんだけど。あはは
実際の劇場空間にいると、「この人は金の粉でできてるのではあるまいか」(激痛注意報

)と思ってしまう。
彼の指先から金の粉

が、客席に撒かれていくのが見えるよ、いつも。(激痛警報

)
なんなんだろうね〜この人の成分は。(だから金粉じゃないって)
先日の堂本兄弟でも感じたけど、光一が歌うと、その場が浄化される気がする。
帝劇でも博多座でも、空間が澄み切っていくのを感じるのは、僕だけじゃないよね。
まさに生けるマイナスイオン発生器。
どんなに穢れた、汚れたものがそこにあっても、光一が浄化してくれる。そう思う。
『LOOK at STAR! OVATION』2012年号。
光一・植草さん・内の表紙。
表紙から21ページまでEndless SHOCK。すげーな。。。
光一のナチュラルな写真もいいし、何よりも語られる彼の言葉がいい。
本当に、なんという豊かな人間性なのだろう。
これこそ、光一が自分で掴み取り磨いてきた、最高の財産だろうな、と思う。
この人間性を持っているがゆえに、光一は座長として評価される存在になっているのだ。
すべての言葉が沁みるのだが、次の箇所を抜いてみる。
ある一時期は、自分が頑張らないと、という気持ちがあった。でもよくよく周りを見てみると、みんなが頑張っていたし、今もそうなんですね。それは『SHOCK』のストーリーにも通じることであって。
自分だけが頑張り過ぎても絶対に人は付いてこない。その辺のバランスの取り方は、どの世界にいても非常に大事だと思いますね。自分が頑張らなくちゃと思ってやるのは結局、自分のためでしかないんですよ。
こんな言葉を言えるのは、死ぬほど頑張り抜いた時期を経た人だけだ。
どんなにがむしゃらに、自分を鞭打って努力を重ねたことだろうか。
どんなに“大帝劇”のスタッフと格闘したことだろうか。
その結果、周りの皆の頑張りが見えるほどに、深く優しい座長の眼を得たのだ。
光一に対して暴言や無理解な言を吐く人は吐けばいい。
そんなものは、光一は歯牙にもかけないだろう。
見えているものの次元が違うのだから。
僕はいつも思うのだ。相手のよいところが見える人、それこそが優れた人間であり、人生の勝利者なのだと。
相手の欠点が見えないはずはない、光一なら。
でも相手を悪く言わない、そして相手の良いところが見えている。
その「見えている」ことが、光一の凄いところであり、僕が何より尊敬するところなのだ。
相手の良さが見えるまでに、自分の心を磨くこと。
それ以外、僕らが人間関係で苦しまずに生きていく術はないのではないか・・・と思う。
そのお手本である光一を、僕は本当に見習っていきたい。そう思うのだ、難しくてもね。
同じ記事の中で、光一はSHOCKを余韻を残すものにしたい、と語っている。説明的なセリフはなくすようにして、観客に自由に想像したり感じてもらいたい、と。
例えば僕は僕なりに感じたことを書いたりもするけれど、それも正解であり、また別の正解もある。と光一は言っている気がする。
100人の観客が100通りのメッセージや感動や夢を受け取る。それでいいんだと思う。
先輩後輩三人の対談も楽しい。
植草先輩の言葉
「(光一のことを)本当に尊敬する。……しかも光一は自分で“俺、ストイックにやってる”って思ってないところがカッコいいよな。」
うん、うん。って感じ(笑)
温かいメンバーの雰囲気が、あの厳しい舞台の底流にあるんだよね。
対談の中でちょっと衝撃的だったのは、1幕ジャパネスクに行く前の楽屋での争い。
あのシーンで、「クソ!」という気持ちでソファに座り込むウチに、ウエクサが小声で「面白いこと」を言ってたりするんだと!
「すごい面白いこと言うのやめてください」って内が。・・・なははは
おいおい、あのシーンで?!と観客としては思うけど、光一はこう言う。
「フォローすると、内が芝居で追い詰め過ぎてるのを植草さんはゆるめてくれてんのよ。」
はぁ・・・この座長は無敵だ。
誰よりも厳しい挑戦を続ける自分を見せることで馴れ合いを排し、他者を認め尊重することで緊張をほぐし、すべての人を輝かせようという思いを抱いて舞台に立つ。
Endless SHOCKを観ると、輝いている一人一人の光に照らされて、自分の魂が輝きを帯びるのを感じる。
僕の魂までも、光一の舞台は輝かせてくれる。
その「光」を浴びたくて、何度でも劇場に通いたくなるのだ。

えーーーと、以下はお目汚しにつき、キレイな気持ちでいたい人は、ここで読むのをやめてちょ。
読むと目が腐るよ(笑)光一の世界とはあまりにも異質だってことをお断りしておく。しかも長い。
読んで体調不良になったら、マジごめん。
さて、こんな素晴らしい座長にして、素はシャイで謙虚でそっけない兄さんであり、溢れんばかりの愛情を愛犬と観客(ファン)に注いでくれる表現者・堂本光一のことを、なぜか中傷してくる輩がいる。
昨日、コメント欄に投下されたゴミ。
僕んとこに不法投棄すんじゃないよ〜。
光一ソロ仕事の相手って、みんな格下じゃん
そらヨイショしてほめるわ!
でもレボレボは違う!光一より格上だから本音が言える立場(笑)
昔から知ってるレボレボが光一くず人間って言ってるんだからこっちが本当(笑)
昔から知ってる堤監督が、光一には三文ギャグ映画、つ よ にはライブ映像映画を用意したように、光一ダメ人間、つ よ アーティスト認識だから、こーなる。
サッポロビールもわかってて「しっかりもの」は つ よ だってさ(笑)
光一はほめ様ないから「さわやか」って(笑
これが世間の認識!ゴメンね、つ よ ばかり認められて〜
えーと、コレ、なんなん?(笑)
光一をわけもなく誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)してることだけはわかる。
どうせ、いろんなところにバラ撒いて鬱憤晴らししてるんだろう。
コレを書いた人は、番組内で笑いを取ろうと発せられた言葉が、真実であると思いたいのかな。
本気で「レボレボ」が「光一」を貶したと受け取っているのかな。
だったら、「レボレボ」は救いがたいアホってことになるけど、それじゃ「レボレボ」ファンが怒るだろう。
彼も主演舞台を務めた経験のある人で。「人間性として価値がない」人に座長が務まるなんて夢にも思わないだろう。
もし思ってるとするなら、彼の舞台が永久に光一ほど認められなくても、彼自身の責任だろうね。
光一が受ける評価に追いついてから言え!ってことになるから。
まさか「レボレボ」がそんな無能なヤツだなんて、僕には思えないなぁ。
「レボレボ」は「いかに舞台人としての価値が素晴らしく」って言ってるんだからさ(笑)
褒め言葉の前後で落とすのは関西ノリってものだろう?
落とすだけでフォローのないのはどうかと思うけども、今回はちゃんと上げてるんだよ。でも上げっぱなしは互いにむずがゆいので、どっかで落とす。
ま、そんなノリだよ。
「レボレボ」も毒舌キャラを立てるつもりらしいから、こんなふうに誤解されるのは、まあ仕方ないね。あはは
「堤監督」も酷い言われようだ。
監督の作品を「三文ギャグ映画」って。
ところでコレを書いた人って「三文」なんて言葉がすっと出るほどの年配者?
(こんな残念な年配者もいるんだねぇ・・・)
ライブをやった側から頼まれて映像を撮ったと、新聞にハッキリ載ってたよ。
まるで監督が自ら企画して撮りたがったように言うのは捏造ってやつじゃないかい?
「三文ギャグ映画」を撮るようなダメ監督なんだろう?(ああ、申し訳ない堤監督!)
それなのに頼まれて撮ったライブ映像はいいものになるのかい?
この文の作者は、とことん貶めている相手に「つ よ」だけは認められてるんだ〜と言ってるけど、それのどこが自慢になるのか、僕には理解できない。
立派な仕事をしてる人や立派な人格の人に認められてこそ、意味があるんじゃないのかな。
「レボレボ」や「堤監督」を貶めてどうする?
ところで「つ よ」って誰?(笑)
まあ心理学的に分析してみると、この文章の作者は、自分が自慢したい「つ よ」に対して、何ら自慢できるところを発見できず、それゆえの不満と焦燥感に満ち満ちている、ってところだな。
本当に自慢できるモノを持っている人は「や〜いや〜い、おまえのよりオレの方がいいモノ持ってるぞ〜」なんて言わないもんだ。
なんでこんなアホな投稿して、「つ よ」って人を貶めるんだろうか。
この文は、「つ よ」が世間から認められないので自分はイライラしてます!という告白になってるよ。
いつも「光一」が気になって、彼に付属する実績や賛辞が大きなコンプレックスになってるんだなぁ。
彼の実績をないことにすれば、「つ よ」が上がると思ってるのが、なんとも痛々しい。
そんなに自信が持てない「つ よ」なら、自信をもって応援している人に任せて、この作者は「つ よ」から降りるべきじゃないかな。
気の毒だよ「つ よ」って人が。
というようなことを、このコメントを読んで感じましたとさ。
まあ、冗談(冗談かい!)はともかく。
僕らとも光一とも何の関係もないゴミを、勝手に持ち込むなよ。
削除はするけれども、目にした人は不愉快だろうし、僕もまぁ(ある意味愉快な)不愉快を感じるし(笑)
僕らファンが別に自慢しなくても、彼自身が世の評価を変えていく力を持っている。それが堂本光一だ。
誰に評価されなくても、努力を重ね闘って、自分で道を切り開いてきたのが堂本光一だ。
その自分の闘いを大げさに言うでもなく、愚痴も文句もなく生きてきたのが堂本光一だ。
仮にファンなど一人もいなくても、自分で立っている人間。それが堂本光一だ。
それなのに、僕ら観客のために最高の舞台をと、常に全身全霊のステージを観せてくれる。
こんなタレントを、表現者を、愛さずにいられるか?
僕らの自慢だと胸を張らずにいられるか?
僕は誰かと光一を比べて、「や〜い、光一の方が上だ〜い」なんて言う気はさらさらないよ。
そんな必要のない、唯一無二の存在が光一だよ。
きっと確かなファンにとってのタレントは、誰でもそうに違いない。
みんな自分にとってのオリ★スタを、心に抱きしめていればいいじゃないか。
13年前もSHOCKは大入り満員・即日完売だった。
だが、「作品の評価」は、今とは比べられない。
年々評価を高めて、今、SHOCKは確実に「日本演劇界の宝」になった。そう書いているのは一般紙の記者であり、演劇雑誌の論者だ。
もちろんジャニーさんの功績は大きいが、何よりも、光一座長の絶え間ない挑戦が認められ、勝ち取った評価だ。
光一は「作品」で勝負している。その作品にすべてを込める。
光一がその魂で練り上げてきた作品だからこそ、今SHOCKは確かな評価を得たのだ。
僕らは「光一って凄いだろーー」とふんぞり返って自慢したいわけじゃない。
光一の実績はファンの手柄じゃない。
ただ、光一が受けるにふさわしい、当然で正当な扱いをされるべきだと思うだけだ。
上の変なゴミを書いた人も、誰かのファンなんだろう。
そして、本当にその誰かを応援している人にとっては、迷惑な存在なんだろう。
自分の応援している人に自信が持てない、不安だなんて。むなしいことだ。
本当に誰かを応援している人は、そんなことは思わないはずだ。
満足し、誇りを持って、応援しているはず。僕らのように。
光一を応援していると、奇妙な、汚いものがついてくる。
そんなことは他のタレントでも同様なのだろうけど。
その汚さに負けてファンをやめていく人がいるとしたら、それが悲しい。
ファンも強く、優しくなろう、光一のように。
光一が見せてくれる、晴れ晴れとした、綺麗な青空と地平線だけを感じていたいものだ。
ゴミを他山の石として(笑)僕ら自身を浄化することを大事にしたいと思う。
僕ら自身もどこかのゴミにならぬよう。
光一を信じて歩くならば、他の誰も気にする必要はないんだよ。本当に。
なんだか、長々と書いてごめんね。
不愉快な思いをしたキミ、疲れたキミ、ごめん!!

僕の脳みそも疲れておる・・・。
また「ONE DAY」で心を洗って、出直そう。おやすみ。。。
みんなとともに、座長の無事な帰還(博多座への!)を祈りつつ。